安住の後に来るもの

 7-8日と新聞労連九州地連の行事「サマーフェスタ」に参加して奄美大島に出張。8日は鹿児島経由で羽田、そのまま1泊2日で新聞労連関東地連の定期大会に出席するため、群馬県・伊香保温泉に。それぞれに加盟組合の皆さんと色々とお話ができて、充実した3日間だった(奄美名物の「鶏飯=ケイハンと読む」はとてもおいしかった)。
 奄美には、定年退職された九州各地のOBの方々も参加しており、労働組合運動の貴重な経験談や教訓を聞かせていただいた。そのうちのひとつ。「権利は勝ち取るもの。実際にわたしたちは、労働組合活動を通じて様々な権利を勝ち取ってきた。しかし、その後には、勝ち取った権利への安住がある。安住が続くと、その後に何が来るか。それが怖い」。新聞産業に限らず、今の労働組合のあり方の根幹にかかわる指摘だと思った。
 〝正社員〟という働き方の場合、入社すると当たり前のように組合があって、当たり前のように加入する。賃金も諸制度も当たり前のように整備されていて、それでもなお、わたしたちは「労働条件の向上が必要だ」とブーブー言っている。しかし、一方で同じ会社の中で働いていても、それ自体が働く者の正当な権利である「労働組合」に守られていない人たちがいることを、わたしたちはどれほど自覚できているだろうか。有期契約やアルバイト、パート、派遣など〝非正社員〟の人たちのことだ。
 正社員に伍して働いていても、賃金、労働条件は低劣なまま。わたしたちにとっては「当たり前」の労働組合がなく、作ろうとすれば、会社が何だかんだと理屈を付けて解雇してしまう。結局のところ、どんなに不満があっても「仕事があるだけマシ」として黙って従うしかない。
 そういう人たちが隣にいるのに、〝正社員である〟組合員の利益だけを議論していないか。労働組合があること自体を含めて、先輩たちが勝ち取ってきた権利への〝安住〟がないだろうか。
 かつては〝非正社員〟という働き方が一般的ではなかった。だから、労働組合は「正社員」で構成することを前提にしていた。労働組合が正社員で構成されなければならない必然性も、会社ごとに組織されなければならない必然性も、実はまったくない。
 「安住の後に何が来るか」。OBの話をうかがいながら、「直面するのはわたしたち自身だ」と思った。
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by news-worker | 2005-07-09 18:55 | 労働組合  

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