1931年と現在の共通点

 戦後60年のことし、戦争を知る世代の知識人から「今の時代の雰囲気は1931年の少し前に似ている」とか「1930年代に似ている」との指摘がたびたびなされるのを耳にする。評論家の加藤周一さんによれば、街は一見すると平和そのもの。しかし、社会の何かが少しずつ変わり始めている。例えば新聞の見出しだったり、書店に並ぶ新刊本の背表紙だったり。それらに少しずつ、軍国的なものが並び始め、だんだんモノを言いにくくなっている、ということだ。
 13日付けの東京新聞朝刊に掲載されていた歴史作家(と呼べばいいか)半藤一利さんのインタビューにも同じ指摘があったが、その内容にはハッとなった。
 1931年という年は、中国東北部に駐留していた日本陸軍の部隊「関東軍」が独断専行で満州事変を起こした年だ。本来なら軍法会議ものだが、関東軍の暴走は追認され日本の国家意思として満州国建国にいたる。以後、日本は国際社会で孤立化の道を歩み、日中戦争、太平洋戦争へと突き進んだ。その1931年前後の陸軍に半藤さんは注目する。士官学校、陸軍大学を優秀な成績で卒業したエリート軍人が陸軍内の各部署に勢ぞろいした時期だという。そして、かれらに共通するのは、肉体が砕け散る戦場のリアリティがないまま日露戦争の日本軍の栄光だけが頭の中にある点だ。
 彼らの姿は今日の若手政治家に重なるという。何の苦労も経験しないまま政治家になり、国家意識をむき出しに、例えば「現憲法は時代遅れ」「自衛の軍隊は必要だ」などと何の臆面もなく言ってのける、そういう政治家たちだ。
 わたしも40代半ばだから、半藤さんの指摘はよく分かる。戦争は父母や祖父母の話しか知らず、リアリティを伴った経験がない。一方で、戦後の高度成長にどっぷり漬かって育ち、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれた栄光の記憶は強い。多分、官僚にも同じことがあてはまるだろうし、一部の新聞ジャーナリズムにも共通していることかもしれない。
 「危険だ」と思う。しかし、1930年代と違って、今は肥大化した軍部はない。国会議員も直接選挙で選ばれている。選挙という形で民意を国の針路に反映させることができる。
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by news-worker | 2005-08-14 10:21 | 平和・憲法  

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