新聞労連・記者研修会

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 新聞労連の若手記者研修活動であるジャーナリスト・トレーニングセンター(JTC)の記者研修会が9、10両日、兵庫県尼崎市で開催された。通算で20回目、最近は春と秋の年2回実施しており、新聞労連の活動の中でも息の長い取り組みの一つとなっている。対象は原則として経験10年未満の記者。「記者とはこうあるべきだ」という「教育」の場ではなく、互いの経験を持ち寄り交流を深める「議論」の場としての役割を重視している。タテ割りの企業意識に束縛された新聞社の企業内研修ではありえない、自立したジャーナリストを目指す労働組合ならではの取り組みだと思う。
 今回は初日のメインテーマに、4月に尼崎市で発生したJR西日本の脱線事故報道を据えた。事故の犠牲者遺族、取材にあたった放送、新聞、通信社の記者3人、国労西日本の委員長の5人が30分ずつ話した後、パネルディスカッションを行った。印象に残ったことを紹介する。

 事故で妻を失った男性は、取材を受けた体験をもとに「メディアはわたしたちを『取材対象』としてしか見ていないのか」と、相当に厳しい口調で指摘した。事故発生からしばらく、彼の妻は安否が確認できなかった。事故当日、もしや搬送されているのではと、あちこちの病院を駆けずり回った。しかし、見つからなかった。夜、帰宅してみると、メディアが詰め掛けていた。取材に応じたけれども、「妻の写真を出すことは控えてほしい」と要請した。彼の娘も事故で入院していた。詳しい容態も分からなかった。母親の写真を新聞やニュースで目にしたら、さらに娘はショックを受けることになる。しかし、翌日の夕刊、さらに翌々日の朝刊の各紙に妻の写真が掲載された。彼は各社に抗議した。社会部長らが謝罪に来た。文書で謝罪を要求した。それ以上の抗議は控えたけれども、実は謝罪文の文面に失望している。どの社の文面にも「社内の連絡ミス」「事務手続きのミス」といった言い訳が並んでいたからだ。
 「記者の一人ひとりが、人間としての基本が備わっていない」「どうして、わたしたちの人格を認めないのか」。厳しい言葉が次々に続いた。それでも彼は「今日は若い人たちが相手だから来ました。あなたたちが自分たちで(メディアを)変えてほしい」と言ってくれた。

 国労西日本からは、7月に大阪で国労などが開いた事故をめぐるシンポジウムに出演した際、各社の取材を受けたときの話を色々と聞いていた。いちばんの問題は、JR西日本の利益優先、効率至上主義を生んだ国鉄分割民営化がメディアの中では風化してしまい、取材者側に十分な知識も問題意識も欠けていることだと感じていた(すべての取材者がそうだとは思わないが)。だから、JR西日本に労働組合が4つもあることの意味が理解できない。最大労組の主張を「右代表」のようにして紹介してしまう報道も目に付いた。そういう問題点を国労西日本の委員長から指摘してもらったのだが、こちらはやはり若い記者たちにはピンと来なかったかもしれない。
 実は会場でのやり取りでは、被害者遺族の男性から国労西日本の委員長に対しても相当厳しい言葉が発せられた。肉親を失った遺族の喪失感は埋めようもない。心の傷を抱えている。いかにJRの組織内で経営陣と対峙している労組であっても、同じJRの人間であることに変わりはなく、遺族にとって「労組」であるかどうかは何の意味もない。
 そのことはわたしも分かる。理解できる。しかし、安全が確立することで少しでも喪失感を埋められるかもしれない遺族と、組織の内部から変革を求めていく労組とは、将来は正面から向き合い、話し合うことができる関係になれるのではないかと思う。その両者の間にある距離を少しずつでも縮め、報道を通じて仲立ちをすることもまたジャーナリズムの責務ではないかと思った。

 研修会2日目は、北海道警の裏金問題を実名で告発した元道警釧路方面本部長の原田宏二さんの講演。詳しくは原田さんの著書「警察内部告発者」(講談社)に譲るとして、「メディアは組織としては警察にそっくり」との原田さんの指摘を紹介しておきたい。閉鎖的、外部からの批判を聞く耳を持たない、時代の変化についていけない等々。また、メディアの側の旧来のままの特ダネ意識によって、警察がメディアを自在に操ることを容易にしていると喝破。「北海道新聞が道警に取材拒否など嫌がらせを受けても他社は知らんぷり。どうして記者クラブとして抗議しないのか」と、とりわけ大手紙の対応を批判した。
 2人目の講師は、栃木県の下野新聞の社会部若手記者。重度の知的障害者の男性が強盗容疑で誤認逮捕、起訴された。真犯人が見つかり、あやういところで無罪となった。下野新聞は、その冤罪がどうやってつくり出されたのか、警察、検察の捜査を調査報道で徹底検証した。詳細は下野新聞のホームページに譲るが、報告に立った若手記者はJTCの研修会にも何度か参加していた。その場で知った北海道新聞の裏金追及報道などから、従来の警察取材に問題意識を持っていた。今回の調査報道を手がけたモチベーションの一つは「悔い」。過去の報道姿勢への反省だった。もう一つは「やりがい」。発表を報道して終わりではなく、自分たち自身の問題意識をもとに取材を深め、報道を続けることこそ、真の権力の監視、ジャーナリズムの役割だと感じたという。もちろん、栃木県警は激怒。ここでも取材拒否などの嫌がらせがあった。「下野は不祥事は小さく扱っていたじゃないか」と、〝忠告〟する県警幹部もいたというが、デスクも交えた現場で「やるからには大きな扱いでいく」との意思統一ができていたから、ひるまなかったという。

 2日目の午後は少人数のグループに分かれ、デスク役のベテラン記者らを交えたディスカッション。わたしは明日からの新聞労連中央執行委員会、中央委員会の準備が残っていたため帰京したが、若手記者ばかりでなく、むしろ現役のデスククラスこそ聞いてほしい内容だった。
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by news-worker | 2005-10-10 18:36 | メディア  

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