記者クラブ改革

 民放労連を母体とし、メディア研究者やジャーナリストらが会員となっている「メディア総合研究所」の依頼で、同研究所が発行する月刊誌「放送レポート」用に、記者クラブ問題をテーマにした対談を4日夜に行った。対談相手はフリージャーナリストの寺澤有さん。寺澤さんは警察裏金問題を追及する中で、漆間厳・警察庁長官に直接取材したいと考え、長官の記者会見への出席を申し入れたが断られた。現在、警察庁(国)と警察庁記者クラブ(当時の幹事社3者)を相手に東京地裁に仮処分を申し立てて争っており、近く、地裁の決定が出る見通しという。(この件はここが詳しい。寺澤さんのレポートが連載されている)
 対談の内容は、12月に発行予定の「放送レポート」を待ってもらうとして、寺澤さんと色々お話して、あらためて感じたのは、記者クラブ問題での既存メディア側の感度の鈍さだ。要するに、記者クラブの閉鎖性や排他性、官公庁からの記者クラブ加盟メディアだけへの便宜供与とそこから発生する「癒着」、記者クラブを舞台にした取材・報道の制限(内部では「縛り」と呼んでいる)、その他もろもろの批判に対し、そうした批判があることは知識としては知っていても、どこまで各メディアに当事者意識が浸透しているか疑問、ということだ。
 記者クラブをめぐっては新聞協会も改革の必要性は認め、数度にわたって見解を出している(新聞協会HPトップから「取材と報道」へ)。ごく大雑把に言うと、記者クラブは新聞が権力の監視役を果たすために、加盟記者が一団となって情報開示を迫る場として、現在も必要であることは変わりがないとし、その上で、新聞協会加盟社だけでなく、それに準じる外国報道機関などに門戸を開放する一方、人命にかかわるテーマや叙位叙勲などを除いては、取材報道を制限する協定は結ばない、ということだ。
 この新聞協会の見解へも色々議論があるし、一方ではこの見解に照らしても「ひどい」という実態の記者クラブも数多い。しかし、それはさておいても、この見解には強制力がない。どこをどう改めていくかは、全国に無数にある記者クラブがそれぞれ独自に決めるしかない。そして、記者クラブとはもともと統一の意思を持った組織、集団ではない。加盟している記者のだれかが問題提起をしなければ、何も始まらない。クラブに古顔の仕切り役の記者でもいると、それもなかなか言い出しにくい。結局は前例踏襲のままだ。
 新聞社の側から見ると、自社の記者が加盟している記者クラブは、全国紙ならそれこそ全国にゴマンとある。地方紙だって一つの県内でみても10くらいはある。「うちが音頭を取って改革を」などとは、おいそれとは言い出せない。ただでさえ忙しいのに、だれも自社からそんな面倒な話を持ち出そうとは思わない。何よりも、記者クラブが変わらなくても毎日毎日、記事は出稿され、新聞は発行されている。記者クラブを変えなくても新聞発行には支障がない。だから、記者クラブ改革の当事者意識が希薄になるのではないか。
 詰まるところ、記者クラブ改革は内部からは遅々として進まない。あるいは極めて足取りが遅い。状況を変えうるのは、寺澤さんたちの裁判のような「外圧」しかないのか、と思う。
 新聞労連も1990年代後半以降、記者クラブの改革を訴え続けている。新聞協会の見解よりも踏み込んで、権力の監視という意味での「報道」に携わる者ならだれにでも広く、市民にも門戸を開くことを提言している。「ブログジャーナリズム」が現実のものになりつつある今、こういった視点はますます重要になってきている。
 わたし自身も記者クラブは必要と考えているが、それは今の状態のままの記者クラブが前提ではない。「なぜ記者クラブは必要か」を社会に理解してもらうには、まず、メディアが自己改革をしなければならないと思う。本当に、民主主義に寄与する言論・報道機関足りえているのか、という意味でだ(これは新聞の販売面の課題である再販問題にも通じる。再販をめぐっては最近、公取委から新たな方針が打ち出されたが、そのことは近くあらためて書きたい)。わたしたち既存のメディアの内部にいる人間がまずやらなければいけないのは、メディアの自己改革だとつくづく感じている。

 記者クラブや既存メディアが改革の主体足りえないとしても、メディア内部で問題意識を持っている者と外部の人たちとで、変革を促す動きを作ることは可能ではないかと考えたりする。北海道新聞の高田昌幸さんが提唱している「自由記者クラブ」構想はそのひとつだ。
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by news-worker | 2005-11-06 17:08 | メディア  

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