それでも新聞再販は必要

 少し前の話だが先週2日、公正取引委員会の事務総長が定例の記者会見で、新聞を含めた独占禁止法上の「特定の不公正な取引方法」(特殊指定)の見直しを表明した。日本新聞協会は同日、再販制度を骨抜きにしかねないとして公取委の方針に抗議し「現行規定の維持を強く求める」とする声明を公表している。独禁法自体、そもそも分かりにくい法律なので誤解を受ける余地が多分にあるかもしれないが、わたし自身は、新聞に再販制度はやはり必要だと考えている。

 再販とは、正確に言うなら「再販売価格維持制度」のことだ。商品はメーカー→卸売業者(問屋)→小売業者(小売商店)の順に流れ、それぞれの過程で、つまりメーカーと卸売業者、卸売業者と小売業者との間で売買契約が結ばれる。独禁法の運用上では、どこからいくらで仕入れようが、卸売業者、小売業者ともに販売価格の設定は原則自由だ。メーカーといえども、卸売業者や小売業者の販売価格(仕入れた商品を再び売るので「再販売価格」)の指定はできない。数少ない例外として認められているのが「著作物の再販制度」で、現在では新聞、書籍・雑誌、レコード・CDが公取委の指定を受けている。
 新聞で言えば、発行本社がメーカー、新聞販売店が小売業者ということになる。発行本社が販売店の小売価格を「定価」として指定(維持)しているのが、現行の新聞の再販制度だ。
 今回、公取委が見直しを表明した「特殊指定」は、再販とは別の枠組みだが、再販と深い関係がある。独禁法は「不公正な取引」を禁止しているが、では、どういう取引方法が不公正かについては別途、公取委が基準を設けている。あらゆる商品やサービスの取引に普遍的に適用される「一般指定」のほかに、特定の分野に個別に設けられているのが「特殊指定」だ。
 現行の新聞の特殊指定は「1999年公取委告示第9号」で規定されており、主な内容は①発行本社が地域や相手によって定価を変えてはいけない(ただし学校の教材用などを除く)②戸別配達を行う新聞販売店は、地域や相手によって割引販売を行ってはならない③発行本社は販売店の注文部数以上の新聞を供給したりしてはいけない-だ。
日本の新聞は再販制度と特殊指定によって、同一の題号なら全国どこでも同じ価格で販売されている。「新聞の安売り」は起こり得ない。そのことによって、新聞社は販売収入に一定の安定性を確保することができ、全国隅々に戸別配達網を維持できることにもなる。
 報道によると(朝日新聞東京新聞)、公取委が今回見直しの対象にするのは②の販売店をめぐる規定とみられる。つまり、読者にいくらで売ろうが、それは個々の販売店の自由であり、発行本社の拘束は受けない、ということになるかもしれないということだ。新聞協会の声明を読むと、そうした事態への危機感が露だ。「特殊指定の見直しは、その内容によっては、再販制度を骨抜きにする。その結果、経営体力の劣る新聞販売店は撤退を強いられ、全国に張り巡らされた戸別配達網は崩壊へ向かう」としている。さらに、文字・活字文化振興法が7月に施行されたことを指摘し「官民あげて活字文化の振興に取り組む法制度がつくられた矢先に、時代の要請に逆行するような動きには強く抗議せざるを得ない」と続く。

 ここからが本題なのだが、わたしが新聞に再販制度が必要と考えるのは、再販によって戸別配達網が維持され、そのことによって産業としての新聞が一定の安定性を維持できているからだ。ただし、再販があるから日本の新聞は立派な紙面をつくっているとは毛頭思っていない。新聞が紙面、つまりジャーナリズムの面も、販売や広告を含めた産業の面でも多くの問題を抱えているのは間違いがない。しかし、再販がなければ、確実に今よりも状況は悪くなる。
 再販の撤廃は、同一の新聞でも、題号の異なる新聞同士の間でも必ず安売り競争を招く(実は異なる新聞同士では安売り競争があってもいいのだが、全国紙が全国いっせいに値下げするわけにはいかない。経営への影響が大きすぎる。特殊指定によって、ある地域だけ安売りするわけにもいかないので、結果として安売り競争は起きていない。実はこのへんの事情も公取委は不満なのではないか)。その結果、発行本社の収益は悪化する。必然的に新聞社内でリストラ・合理化が強化される。ただでさえ「人は増えないのに仕事は増える一方」で疲弊しきっている新聞の取材・編集現場は、ますます過酷な労働を強いられることになり、紙面の質の低下をもたらす。今の新聞経営者たちを見ていると、必ずそうなると断言できる。紙面の質の低下もさることながら、どんなにリストラを進めても持ちこたえられない新聞社も出てくるだろう。「全国紙の一角が倒産、廃業」という事態も起こりうる。
 そうなっては「多様な言論」「多様な価値観」の観点から、社会にマイナスになってもプラスになることはない。そのために再販は必要と思うのだが、同時に、社会にも「再販は必要」と理解してもらうために、新聞業界が自主的に解決しなければならない課題も多い。
 そもそも、なぜ著作物に再販制度が適用されているかといえば、著作物には一般消費財とは異なった価値があると認められてきたからだ。民主主義社会に不可欠の多様な価値観、多様な言論を担保するために、広く安定的に社会に流通していなければならない商品と認められてきたからにほかならない。しかし、近年新聞に厳しい批判が向けられていることは、その基本のところがおかしくなっていることを示している。新聞のジャーナリズム性が弱くなっている。
 また、販売面を見ても、今では景品付き販売も解禁されたが本来は再販制度とは矛盾するものだ。言論商品であるからこそ販売制度が認められているのだから、本来は紙面の内容で販売面も競争しなければならない。ルール違反の高額景品や商品券、果ては一定期間契約すれば何カ月間かはタダにするといった販売方法も問題が指摘されている。
 現状の新聞販売の最大の課題が特殊指定の上記③で禁止されている行為だ。「押し紙」とか「無代紙」と呼ばれ、実際には読者に配達されない。なのに、なぜそんな行為をするかというと、見かけの発行部数が増えるからだ。これは広告収入を左右する。実は販売店にとっても、見かけだけでも扱い部数が増えれば折り込みチラシの収入増に直結する。しかし、広告主から見れば広告効果が水増しされて代金を請求されることになり、詐欺に等しい。

 このままでは、いくら再販制度の必要性を訴えても社会の理解は得られないと思う。それは分かっている。しかし、再販制度が撤廃されれば、新聞は今以上に悪くなっていくだろう。わたしの考えを補足すると、新聞に再販制度はなお必要だが、その前提として、新聞業界が(労働組合も含めて)自ら信頼回復に努めることが不可欠だ。
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by news-worker | 2005-11-08 01:26 | メディア  

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