もはや戦前ではないか

 ことしは「戦後60年」だった。わたしは1960年の生まれだから、日本の敗戦から15年後に生まれたことになる。子どものころを思い返せば、もの心がついたころには家にテレビがあり、小学校のころには、我が家にはなかったけれども大抵の家には自家用車もあり、飢えた経験もなかった。1970年は大阪万博が今も強烈に印象に残る。「70年安保」や「よど号ハイジャック事件」があって、世相も恐らくは激動していたのだろうが、「高度成長」に首までどっぷりつかっていた子どもたちには、漠然と「世の中は明るい」という気持ちしかなかったように思う。中学、高校と進んでも、自分の未来と「さて何になろうか」と自分の可能性を信じることができていた。ちなみに大学受験では、その後の「センター試験」となる「共通一次試験」の第一期生となった。
 長じてこの20数年間は、新聞記者という職に就いてきた。この1年間は、初めてその立場を離れた1年だった。所属メディア組織からも少し距離を置き、労働組合専従役員という運動者の視点で日本の社会と向き合ったとき、痛切に感じるのは「もはや戦前ではないか」ということだ。




 何も憲法「改正」や、日米軍事同盟の強化だけではない。この10年で日本の社会経済状況は「格差社会」「階層社会」へと変わった。一例を挙げると、若年層の雇用面に非常にはっきりと出ている。学校を出て就職先を探そうとするが、なかなか希望の正社員の求人はない。決して望んでいるわけではないが、契約社員や派遣社員などの非正規雇用で働くしかない。メディアでの報道でも、「フリーター」「ニート」は否定的なニュアンスで伝えられているが、決して望んでそうなったわけではない。
 このまま、仮に憲法が変わり自衛隊が自衛軍に変わって、イラクでもどこでもいいが米軍の下請け軍隊として海外の戦場に送り出されるとなったとき、戦場で殺し殺されてゆく日本人は一体だれか。このままでは「ろくに仕事に就けない奴は自衛軍に入って国のために立派に死んで来い」という風潮になる。必ずそうなる。
 一方で、日本の社会は共謀罪の新設議論に代表されるように「監視社会」化が進みつつある。共謀罪は、犯罪を共謀しただけで罪に問われるものだ。結果的に有罪にならなくても、逮捕し取り締まることができる。共謀は密室の行為だから、密告か盗聴、盗撮がなければ立件できない。だから必然的にこれらの行為が合法化される。既に「ビラまき逮捕」事件が続発し、思想・信仰の自由、言論・表現の自由は危機的状況になっている。社会不安の高まりとともに、この流れはいっそう進むに違いない。日本が自衛軍を海外の戦場に送ろうとしたとき、それに反対する言論活動、表現活動は過酷な弾圧を受けるだろう。今も「ビラまき逮捕」のターゲットにされているのは、そうした活動をしている人たちなのだから。
 現に社会不安は高まっている。子どもを狙った殺人事件、大型の鉄道事故など、ことしは社会の常識が崩れていくような事件事故が多発した。

 わたしは、新聞を含めてジャーナリズムの存在意義は突き詰めて言えば「戦争を止めること」にあると思う。しかし、今のままでは日本のマスメディアは、日本が再び戦争をすることを止めることができるかどうか、危惧を抱いている。一方で今現在、わたしが自分の存在の軸足を置いている労働組合も本来的に反戦平和の存在だが、日本の労働運動を見るにつけ、「9条改憲容認、集団的自衛権の行使容認」を打ち出す巨大労組が存在するなど、こちらもまた楽観できない。
 明るい気持ちにはなれない年の瀬だが、こういう時代、こういう社会情勢だからこそ、来年はまた元気よく、声を出してがんばっていきたい。
 最後に、労働運動が平和を求める運動に他ならないことを理解していただくために、国際労働機関(ILO)の憲章前文をご紹介しておく。全文はILO駐日事務所のホームページに掲載されている。
 世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができるから、
 そして、世界の平和及び協調が危うくされるほど大きな社会不安を起こすような不正、困苦及び窮乏を多数の人民にもたらす労働条件が存在し、且つ、これらの労働条件を、たとえば、1日及び1週の最長労働時間の設定を含む労働時間の規制、労働力供給の調整、失業の防止、妥当な生活賃金の支給、雇用から生ずる疾病・疾患・負傷に対する労働者の保護、児童・年少者・婦人の保護、老年及び廃疾に対する給付、自国以外の国において使用される場合における労働者の利益の保護、同一価値の労働に対する同一報酬の原則の承認、職業的及び技術的教育の組織並びに他の措置によって改善することが急務であるから、
 また、いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となるから、
 締約国は、正義及び人道の感情と世界の恒久平和を確保する希望とに促されて、且つ、この前文に掲げた目的を達成するために、次の国際労働機関憲章に同意する。

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by news-worker | 2005-12-31 11:29 | 身辺雑事  

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