ネット時代の誘拐報道協定

 仙台市の乳児連れ去り事件は、乳児が8日に無事保護されて解決した。当初は公開捜査だったが、身代金要求を受けて宮城県警が報道各社に協定締結を申し入れる異例の展開だった。8日の朝刊各紙もこの経緯に触れ、報道を自粛していたとの社告も掲載している。
 中でも朝日新聞は総合面の「時時刻刻」で「報道自粛 ネット注目」との主見出しで特集記事を掲載(東京本社発行最終版)。朝日のサイトに記事本文はアップされていないので、あらましを紹介すると「第一報後異例の協定」「沈黙は不自然?各社悩む」「『身代金か』書き込み続々」として、①事件発生を伝える第一報の報道後に報道自粛協定が結ばれたのは過去にグリコ森永事件があるぐらいで極めて異例②続報が一切なくなるのはかえって不自然であるとして、民放各社のニュース番組と地元紙は第一報の範囲内で続報を報道したが、NHKと全国紙は乳児保護まで一切の報道を控えた③新聞社サイトに続報が掲載されなくなったことから、ネット上の掲示板には「報道協定中だろう」などの書き込みが相次いだ-と紹介している。
 



 わたしも支局デスク時代に、誘拐報道協定を体験したことがある。報道の大原則である「自由な取材」「自由な報道」を制限するものだから、協定締結は慎重の上にも慎重を期さなければならない。締結に際しては捜査情報の全面開示が前提となる。いったん締結されると、こちらも大変だ。どんな結末であろうとも(最悪の場合は被害者が遺体で発見となる)、協定が解除されれば間違いなく大ニュースになるから、一切の取材、報道を自粛するといっても、寝て待っていればいいとはならない。協定解除に備え、時々刻々と変わる情勢を踏まえて常に号外予定稿を書き換えていかなければならないし、協定解除後の取材の段取りも決めておかなくてはならない。協定締結が長期化すると、体力勝負になってくる。わたしが体験したケースでは、確か被害者保護までに4日くらいかかったと思う。睡眠不足でフラフラした頭で、原稿を出していた記憶がある。
 それはさておき、今回の仙台の事件は朝日の特集記事が指摘しているように、誘拐報道協定をめぐって2つの問題を提起していると思う。1つは続報段階からの協定締結の問題だが、わたし自身は「それもまた止むなし」だと考える。肝心なのは、犯人側に捜査の進展情報が伝わらないようにすること、報道によって犯人が心理的にも追い詰められ、被害者に危害を加えたりする事態を避けることだ。既に事件発生を報道した後ではわたしだって迷うだろうと思うけれども、迷うなら尚更、後に禍根を残さないことを第一に考えるしかない。
 2つ目の問題はネット社会の中のマスメディア報道の問題だ。警察の記者クラブに加盟しているマスメディアが取材・報道を自粛したとしても、今や社会で何が起きているかを知る情報源はマスメディアだけではなくなっている。例え憶測情報だとしても、ネット上でそれが増幅されていった場合、どんな事態が引き起こされるか分からない。報道によると、今回は協定締結が7日午後5時半、被害者保護が8日午前6時ごろと比較的短時間だったのが幸いしたと言っていい。もし、2日、3日と長期化していたら、ネット上ではどんなことになっていただろうか。
 では、どうすればいい、という具体的な考えはわたしには思いつかない。社会のモラルの問題なのかもしれない。
 この問題は、根っこのところで記者クラブ問題にもリンクしてくると思う。見方によっては、報道協定は記者クラブを舞台にした「談合取材」の一つのバリエーションと言えるからだ。目的が「人命最優先」だから批判を浴びないだけだ。インターネットの普及は、社会の情報流通に構造的な変化をもたらしている。報道協定の仕組みが生まれた当時には想定していなかったことだ。
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by news-worker | 2006-01-09 14:38 | メディア  

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