山形県平和センターで講演

 12日は山形市に出張。新聞労連行事ではなく、地元の労働組合を中心につくる「山形県平和センター」の学習会に招かれ、講演した。新聞労連と同センターは直接の交流はなかったのだが、講師選定の際に新聞労連ホームページを見て、わたしが候補に挙がったとのこと。本当に光栄に思う。事務局の担当の方はこのブログのこともご存知で、初対面のあいさつで「読んでます」と言われたときには少々赤面した。
 講演のタイトルは「監視・統制社会と『言論・表現の自由』『知る権利』」とした。新聞労連が昨年、戦後60年を機に制作発行した「しんけん平和新聞」を紹介しながら、「戦争で最初に犠牲になるのは真実」との言葉通り、60年前(年が明けたので61年前となるが)に日本の敗戦で終わった戦争を通じて、新聞は国民に戦争の実相を伝えず、戦意を鼓舞して戦場に駆り立てる役割を担っていたこと、戦争をする国家・社会は民主主義とは絶対に相容れないことは現代でも変わらず、それは例えばイラク戦争でも、開戦の最大の大義であったサダム・フセイン政権の大量破壊兵器保有疑惑が根拠のない虚報であったことにも表れていること(まさに「真実」が犠牲になって始まった戦争だった)などをお話した。




 また、ビラまき逮捕の続発や西村真悟〝弁護士〟への組織犯罪処罰法の適用、共謀罪新設の動き、人権擁護法案や国民投票法案、有事法制への放送メディアの取り込みなど数々のメディア規制が同時進行で進み、監視社会、情報統制社会への既成事実が一つひとつ積み重ねられ、もはや「言論・表現の自由」「知る権利」は崖っぷちにあること。その一方で日本の社会が「格差社会」「階層社会」となり、しかもその格差はますます拡大する。それが小泉首相が唱える「改革」の本質なのだが、そこに憲法9条の改悪が加わることの意味もお話した。それは昨年末のエントリー「もはや戦前ではないか」でも触れたけれども、格差の拡大は「将来、海外の戦場に行き、殺し殺されあいをするのはだれか」という問題に直結しているだろうということだ。
 格差の拡大によって、近年、とりわけ若年層の貧困化に拍車がかかっている。フリーター、ニートという言葉はメディアによって否定的なニュアンス、つまり勤労意欲に欠ける無気力な若者というイメージで伝えられることが多いが、実態はそうとばかりは言い切れない。決して望んでそういう働き方を選び取ったのではなく、どんなに頑張ってもそういう働き方しかなかった、という人たちが増えている。そこに9条が変えられ「自衛隊」が「自衛軍」となり、米軍とともに海外の戦場で戦争をすることになったら、どうなるか。「ろくな仕事に就けない奴、勤労意欲のないフリーターやニートは、自衛軍に入って国のために死んで来い」という風潮が必ず現れる。そして、そのときには同時に共謀罪その他によってモノを言う自由は奪われ、反戦平和を訴える団体・個人は有形無形の弾圧を受けるだろう。
 講演では、こうした状況に対し、新聞をはじめとするメディアの危機意識が足りないのではないかということ、そのこと自体、メディアの危機的状況といっていいのだが、その危機的状況の自覚もまたメディアには薄いのではないかということもお話した。特に「言論・表現の自由」にかかわる問題で、メディアの足並みがそろわない。放送メディアが国民保護法の指定公共機関に指定された問題などがその例だ。
 また、新聞労連は新聞労働者の立場から、9条も大事だがまず憲法21条の「言論・表現の自由」と「知る権利」を何をさておいても守らなければならないこと、同時に労働組合として「格差社会」にも反対していかなければならないことをお話した。
 労働組合、労働運動は、これもまた年末のエントリーで触れたけれども、生まれながらにしての反戦平和勢力だ。その強みは、産業、職種、宿場職場の違いを超えた共通言語を持っていることだ。わたしたち新聞労働者にとっての平和は、「言論・表現の自由」と密接不可分だ。新聞労働者の間に「2度と戦争のためにペンを、カメラを取らない、輪転機を回さない」という合言葉が受け継がれているのと同じように、例えば教育労働者なら「2度と教え子を戦場に送らない」、自治体労働者なら「2度と赤紙(召集令状)を配らない」など、それぞれの仕事に即した平和へのスタンスがある。そしてまた労働者は家庭人でもあり、地域社会で生活している。一人ひとりの力は微力でも、無力ではない。小さくても、わずかでも、一人ひとりの力が集まり、職場へ、家庭へ、地域へと広がれば、戦争への流れは変えられるはずだ。講演をそう締めくくった。

 山形市を訪れたのは初めて。東北地方はことしは豪雪で、新幹線で福島県に入ったあたりから一面の雪景色。山形も例年にない雪とのことだったが、学習会には100人ぐらいの方が仕事帰りに参加され、わたしの話に熱心に耳を傾けてくれた。
 学習会終了後は、平和センターの役員の方々と懇談した。自治労や県高教組、県教組など連合傘下の労組の方が多かったのだが、有意義な意見交換をさせてもらった。何より、同じ働く者としての連帯を実感できた暖かい一夜だった。

 山形県平和センターの皆さん、ありがとうございました。講演では言い忘れたのですが、新聞で「これはいい記事だ」という記事を見かけたら、新聞社へ電話1本でも、はがき1枚でもけっこうです。ぜひ、激励をお願いします。それが、平和と民主主義のためにがんばっている記者や、わたしたち新聞労働者にとって何よりの励みになります。平和と民主主義を守るために、ともにがんばりましょう。
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by news-worker | 2006-01-13 20:03 | 平和・憲法  

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