沖縄で「在日米軍再編」報道を考えた

 新聞労連の活動の一つに、新聞のジャーナリズムを対象とする「新聞研究」略して「新研」活動がある。新聞労連にも、労連に加盟する新聞社の労働組合にもそれぞれ新研部がある。2月11、12両日、全国新研部長会議が沖縄県名護市と那覇市で開催され、わたしも参加した。
 会議のテーマは「在日米軍再編報道」。これに、現在進んでいる憲法改正論議をも絡めた。昨年10月下旬、沖縄と在日米軍、日米の軍事一体化、そして改憲をめぐる様々な動きが立て続けにあり、それぞれが大きく報道された。しかし、とくに全国紙など大手メディアの報道スタンスには問題があった。端的に言えば、沖縄がこれからも基地の負担を引き受けるのは仕方がない、との論調だ。どうしてそんな報道になってしまうのか、報道スタンスを変えていくには何が必要なのか、メディアの内側にいるわたしたちは何をすべきなのか、それを沖縄で考える、考えるだけではなくて具体的に明日から何をやるのかを見出す、そういう狙いで企画した会議だった。
 会議を終えて今、思うのは、新聞を含むメディアが、状況の本質を見抜き社会に必要な情報を発信していく能力を失いつつある、あるいは失ってしまっているのではないか、ということだ。その深刻さにあらためて暗澹たる気持ちになっている。一方で、さればこそ、取材・報道の現場にいる記者一人ひとりが奮起し、この状況を変えていかなければならない。2日間の会議は一部に段取りの悪さがあったり(やはりわたしたちメディアの内側にいる人間に甘さがあったということだと思う)したが、少なくともわたしたちが奮起しなければ報道は変わらないことがあらためて明確になったと考えている。




 会議に参加したのは沖縄県外の新聞社の労働組合と新聞労連専従職3人の計約40人。11日は朝、バスで那覇市を出発し、地元の琉球新報労組、沖縄タイムス労組の方々の案内で、宜野湾市の米海兵隊普天間基地、嘉手納町の米空軍嘉手納基地を視察。次いで、普天間基地の移転問題に絡み、代替施設建設地として日米両政府が合意している名護市辺野古地区に入り、海上から建設予定海域を視察。その後、現地で集会を持ち、辺野古地区で代替施設建設に体を張って反対してきた市民運動グループの方々にも加わっていただき、「基地と沖縄」をめぐる報道について討議した。

 ここで少し問題を整理しておきたい。普天間基地移設問題はもう10年の経緯があり、とてもそれをここでは書けない。乱暴なのは承知で話をはしょる(コンパクトにまとまった通史を知りたい方には岩波新書「沖縄現代史」をお奨めする)。日本政府は、いったんは辺野古沖を埋め立てて海上基地を作ろうとしたが、市民らが海上で体を張った阻止行動、抗議行動を繰り広げた結果、とん挫してしまった。しかし、普天間基地は市街地に囲まれて立地しており、危険極まりない。現に04年8月には整備不良のヘリが基地近くの沖縄国際大構内に墜落する事故を起こしている。基地の撤去は米政府も必要性を認めていた。日米両政府間の交渉は昨年9月以降、活発になり、辺野古沖の浅瀬か、それとも辺野古の陸上かで駆け引きが続いたあげくに10月26日、辺野古崎にある米海兵隊「キャンプ・シュワブ」沿岸部とすることで合意した。「県外移設」を求める沖縄県をはじめ、地元の声は無視された。
 次いで10月29日、この辺野古沿岸案を含めた在日米軍の再編計画が日米の外務・防衛閣僚協議で決まり、公表された。日本では「中間報告」として報道されている。
 報道の面で問題なのは、この一連の動きに対する大手メディアの報道スタンスだ。そもそも「どうして沖縄に基地か」あるいは「どうして日本に米軍基地か」の視点のないまま「今回の合意に沿って、一刻も早い解決を図るしかない」「そのために政府は地元を説得する責任がある」という論調が目立った。「沖縄は本土のために甘んじて基地を受け入れろ」「本土の犠牲になれ」と言っているに等しい。
 一例として、10月27日付けの毎日新聞の社説「普天間合意 今度こそ移設を実現したい」の一説を紹介する。

(引用開始)
 だが、移設に合意した以上、今度こそきちんと計画を実施しなければならない。地元の沖縄県などへの説明はこれからだが、政府はまず全力で地元の同意を取り付ける必要がある。実現に向けて着実に前進するようロードマップも造らねばならない。環境問題に配慮するのは当然だ。
 地元に普天間飛行場の県外または国外への移転を求める声があるのは理解できる。だが、周りに住宅密集地を抱えた普天間からキャンプ・シュワブ周辺に移設するのは一歩前進ではないのか。
 在日米軍の再編によって、日本の防衛のあり方が大きく変容するはずだ。
(引用終わり)

 実は産経新聞や読売新聞の論調はもっとひどい。しかし、比較的平和の問題には良心的な論調だった毎日新聞なのに、この社説には米軍基地をめぐる「そもそも論」、つまり日米同盟の是非そのものへの洞察がまったくない。そしてその傾向は、濃淡の差はあれほとんどの大手メディアに共通している。それは、この普天間基地移設を最大の争点にことし1月22日に行われた名護市長選をめぐる報道にも表れている。
 
 新聞労連の集会に話を戻す。まず、沖縄2紙の第一線の取材担当記者から現状の報告があった。次いで名護市在住の作家目取真俊さんに基調報告をしていただいた後、在日米軍再編の中で新たに米軍の部隊や訓練の移転先とされる沖縄県以外の地域の地元紙労組から報告を受けた。その後、地元の方々、代替基地建設の阻止行動を続けてきた市民グループの方々からも発言してもらった。 それらの中からいくつかを紹介したい。

 「辺野古の問題はこの2年間、全国紙ではほとんど報道がなかった。ようやく去年10月から報道されるようになったと思ったら、社説は余りにふざけた内容。基地建設阻止闘争もあたかも過激派扱いだ」
 「わたしは元教師だが、生徒には『行って見て聞いて確かめて書く』と教えてきた。しかし在京メディアはわたしたちの座り込みの闘いを無視している。だからわたしたちは韓国の若者たちのように、ホームページをつくりメールを発信するしかなかった。それはメディアに対する闘いでもあった。そして計画をとん挫させる大きな力になった」
 「メディアは民衆の闘いを伝えることを忘れているのではないか。昨年9月下旬ぐらいから、普天間移設の報道が少しずつ始まった。後から報道に参入したメディアほど政府寄りの報道内容だった。『辺野古ありき』の論調になっていった。メディアは現場主義に立ってほしい。民衆の立場に立ってほしい」
 「一体、だれを相手にやる闘争なのか。防衛施設局は『わたしたちは職員にすぎない』と言う。防衛施設庁は『閣議で決まっている』と言う。内閣は『安保条約に基づいている』と言い、米国は『日本政府の金の問題だ』と言う。世論を見方にしなければならないのに、無関心のまま。そうやってなし崩しに進んでしまう。だれがそうやっているのか、そうさせているのか。メディアは闘いの相手を引きずり出してほしい、何が悪いのかを伝えてほしい」

 名護市のリサイクルショップで働きながら闘争に参加している青年は「自分は沖縄に来て初めて辺野古の問題を知った。関西に住んでいて会社勤めをしていた。新聞も読んでいたのに、新聞には書いてなかった。どうして書いてないのですか。書かないのですか」とわたしたちに質問した。メディアをとがめるというより、不思議でならないという質問だった。

 目取真さんの発言は、ひとつひとつがあらためて胸に突き刺さるものだった。沖縄に基地があるのは、沖縄の固有の事情ではない。沖縄に基地を強いているのは日本人であり、日本全体の問題であることをメディアは忘れてしまっている。メディアが伝えないから、日本人の多くも忘れてしまっている。ここでは目取真さんの一言だけ紹介する。
 「沖縄の人びとがヤマトの新聞にどれだけ絶望したか考えてほしい。10年前までは、それでもヤマトのマスコミには沖縄への負い目があった。この10年でそれすら消えてしまった」

 会議2日目は、「憲法」をキーワードに那覇市で討論集会を行った。講師には嘉手納基地騒音訴訟などを手掛ける弁護士の新垣勉さん、沖縄出身の広島修道大教授野村浩也さんを招いた。
 お二人の話を聞いて、あらためて「沖縄には憲法がない」と思った。基地を存在させるために、憲法が実現されることがなかった。野村さんはその状態を「平等が実現されていないということは、すなわち沖縄は日本の植民地だ」と表現した。

 2日間の討議は正直に言ってつらく重いものだった。恐らく会議参加者のだれもが同じ思いだっただろうと思う。しかし、どう報道を変えていくのか、という企画当初の趣旨から言えば、手ごたえも感じている。ことの経緯を踏まえる、つまりは歴史を学び、未来を考えながら今を見つめ伝える、ということだと思う。2日目の討議の最後に、新垣さんは「沖縄のマスコミにはすぐれた点がある。直面する現実を多面的、継続的に追跡する姿勢だ。本土のマスコミは一過性の報道に終わることが多い。沖縄のマスコミの姿勢に学んでほしい」と話した。
 在日米軍の再編問題は、3月にも新たな段階を迎える。日米両政府が再編計画の具体的スケジュールまでを決める「最終報告」に合意する予定だ。しかし、新たに米軍部隊や訓練を押し付けられる本土の自治体はいずれも反対の姿勢を崩していない。そのときに、どのような報道をするのか。基地を受け入れがたいことには沖縄も本土も違いがない。ならば、その先に「日米同盟は本当に必要か」という議論が沸き起こる余地があるはずだ。そこにメディアが果たす本当の役割があると思う。そこに向けて、メディアの内側にわたしたちが奮起しなければならない。


 「どうして新聞は辺野古の問題を書かないのか」と質問した青年のリサイクルショップのホームページを紹介する。このサイトのリンク集には、辺野古で体を張っている人たちの情報発信のサイトも数多く掲載されている。
「ジュゴンの家」

 一つ前のエントリーでは、辺野古で起きた沖縄版アブグレイブ事件のことを紹介した。その辺野古の浜の鉄条網をご紹介する。鉄条網の向こうはキャンプ・シュワブ。右手の岬あたりが、普天間基地の代替施設建設地とされている。
c0070855_2245363.jpg



 キャンプ・シュワブを北側の大浦湾から視察。基地計画の撤回を求めるブイが浮かんでいる
c0070855_22495783.jpg

[PR]

by news-worker | 2006-02-13 22:52 | メディア  

<< 共謀罪に民主党は取り込まれるな 沖縄・辺野古でアブグレイブ事件... >>