あらためて香田証生さんの死を悼む

 2004年10月に、イラクを旅行していた香田証生さん(当時24歳)が殺害されてから1年4カ月。イラクの治安当局に逮捕されたアルカイダ系武装組織の男が、香田さん殺害を供述したとバグダッド発の時事通信電が伝えた。2日付け夕刊各紙に掲載された記事によれば、時事通信のイラク人通信員が本人に直接会って問いただしているようだから、彼が殺害グループの一員であることは、ほぼ間違いないだろう。
 記事によれば、武装組織は当初、身代金と引き換えの解放を考えていたが、上部からイラク南部サマワに展開する自衛隊の撤退を要求するよう指令が届き、撤退を迫る人質として香田さんを利用する方針に変更。しかし、日本政府が要求を拒否したため殺害したという。
 事件の発生当時を思い出さずにはいられない。拘束され、カメラの前で「日本に帰りたい」と話していた香田さんは、なぜ死ななければならなかったのか。当時、小泉純一郎首相は即座に「自衛隊の撤退はありえない」と言い切ってしまった。香田さんの救出を最優先に考えるならば、ほかの言い方もあったはずなのに、わざわざ武装グループをいちばん挑発するような言い方をした。自国民1人を見殺しにし、それこそが「テロには屈しない」ことをもっとも証明できる方策だ、とでも考えているかのように。
 アラブ世界では、日本は世界で唯一の被爆国であり、平和憲法を持つ平和国家として知られていたと聞く。それが政府のイラク戦争支持と続く自衛隊派遣により、すっかり侵略国・米国の追随国として、反米勢力の憎悪の的になってしまっている。その中で香田さんは、まさに「日本人である」というだけの理由で殺されたも同然だった。そのことが、今回の一件で一層明白になった。あらためて香田さんの死を悼む。

参考:2004年11月1日付 新聞労連委員長声明
香田証生さんの死を悼み、小泉政権にイラク戦争支持撤回と自衛隊撤退を求める
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by news-worker | 2006-03-02 22:19 | 平和・憲法  

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