「取材源の秘匿」が理解できない裁判官が現れたことの意味は

 東京地裁で14日、読売新聞の記事をめぐり、記者の「取材源の秘匿」を認めない決定が出された(毎日新聞記事)。


(引用開始)
<読売証言拒否>取材源が公務員なら認めない 東京地裁決定 [ 03月14日 21時36分 ]

 米国の健康食品会社への課税処分に関する報道を巡り、読売新聞の記者が民事裁判の証人尋問で取材源の証言を拒絶したことについて、東京地裁は14日「取材源が公務員などで、守秘義務違反で刑罰に問われることが強く疑われる場合は証言拒絶を認めない」とする決定を出した。藤下健裁判官は決定理由で「(守秘義務違反という)法令違反が疑われる取材源について証言拒絶を適法と認めることは、間接的に犯罪の隠ぺいに加担する行為」と指摘した。読売側は東京高裁に即時抗告した。
 この健康食品会社とその日本法人は、日米の税務当局の調査を受けて97年に課税処分されたと日本で報じられた。会社側は信用失墜などの損害を受けたとして日本の税務当局に協力した米政府に損害賠償を求めてアリゾナ地区連邦地裁に提訴。報道した日本のマスコミ各社の記者らは国内の裁判所で嘱託尋問され、拒絶に対してはその当否を判断するよう会社側が裁判所に求めていた。
(引用終わり)




 藤下健裁判官の判断はつまるところ、取材相手が公務員の場合は「取材源の秘匿」は認められない、なぜならば守秘義務違反を助長するものでしかない、ということに尽きる。これはどういうことだろうか。極論すれば、官公庁の公権力の行使をめぐることは、官公庁の公式発表、公式の情報提供以外は取材できない、ということになる。
 藤下裁判官の判断には、憲法21条の「言論・表現の自由」と、それと対をなす「知る権利」をめぐるこれまでの判例から逸脱していることをはじめとして多々、問題がある。それらのことは、新聞各紙も指摘しているので繰り返さない。
 わたしは、こういう論理思考を持つ裁判官が現れたことに、今の社会の不気味さや危うさを感じる。今回の決定をそれだけで単独で見れば、不当であることは明らかだ。しかし、もう少し視点を広げてみれば、「言論・表現の自由」と「知る権利」は司法の場でも危機的状況が続いている。
 東京都立川市で、自衛隊官舎に反戦ビラを投函して住居侵入罪に問われた市民グループのメンバーに対する裁判では、2審の東京高裁は昨年12月、逆転有罪判決を言い渡した。直接、メディアの取材行為をめぐる裁判でも、2年前になるが、田中真紀子元外相の長女をめぐる記事を掲載した週刊文春がいったんは発売禁止を命じられたこともあった。個人のプライバシー侵害、名誉棄損が問われるケースでは賠償額も高額化しているが、週刊文春のケースは、それらの問題と同列に論じられるべきではない。
 さらに視点を社会全体に広げれば、個人情報保護法の施行以後、災害時に援助が必要な高齢者や障害者を行政がリストアップすることが困難になったりしており、社会の情報の共有が揺らいでいる。極めつけは、今国会で成立がもくろまれている「共謀罪」だろう。共謀行為は密室で行われるから、必然的に監視や盗聴、信書や電子メールの検閲の合法化が拡大される。また、自民党の新憲法草案では、自衛軍の保持と同時に軍事法廷の新設も盛り込まれている。軍事情報には「言論・表現の自由」「知る権利」は及ばない、という発想だ。有事法制には「国民保護」の大義名分の下に、放送メディアが既に取り込まれており、「大本営発表報道」並みの情報統制が危惧されている。

 こうしたあれやこれやが同時に進んでいる中では、藤下健裁判官のような「権力第一、国民第二」の発想の裁判官が現れるのも不思議ではないかもしれない。今回の決定は、さすがに高裁で是正されるだろうと期待しているが、しかし、それで「めでたし」ではないし、もしこの決定が維持されるようなことでもあれば、大変な事態だ。

 ちなみに、藤下裁判官をめぐってはヤメ蚊さんのブログ「情報流通促進計画byヤメ記者弁護士」が経歴を紹介している。裁判官と言うよりは行政官(=国家権力の代行者)のマインドが強い人物かもしれない。ブログ「元検弁護士のつぶやき」で矢部善朗さんは、藤下裁判官の〝ヒラメ〟の可能性を指摘されているが、わたしはその可能性はけっこう高いと感じている。
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by news-worker | 2006-03-16 09:20 | メディア  

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