「特殊指定」問題の本質を見極めなければならない

 きのう(8日)の午後、都内で開かれたシンポジウム「公取委の『教科書特殊指定』廃止はなぜ問題か」に、パネラーの一人として参加した。市民団体「子どもと教科書全国ネット21」や出版労連の主催。
 公正取引委員会は昨年11月、独禁法で禁止されている「不公正な取引方法」をめぐり、事業分野ごとに個別に指定している「特殊指定」の見直しを表明。対象には新聞のほかに、教科書も含まれている。教科書の特殊指定は①教科書業者側が教育委員会など選定側に利益供与をしてはならない②教科書業者側は他社のひぼう、中傷をしてはならない-の2項目。公取委は既に3月16日に「廃止」の方針を一方的に表明し、4月17日まで一般からの意見を受け付けている。そういう中での緊急シンポで、わたしは新聞特殊指定の改廃に反対している立場で呼ばれた。

 共同通信がシンポのもようを取材し配信、その記事が9日付けの東京新聞に掲載されている。同紙のサイトでは当該記事が見当たらないので、記事中で紹介されているわたしの発言部分を引用する。
「美浦克教新聞労連委員長は『教科書の特殊指定廃止は新聞にも共通した問題。新聞社間の価格競争が激化、淘汰で多様な言論がなくなる』とし、『公取委の規制緩和一辺倒の考えが必ずしもいい結果を生むとは限らない』と疑問を投げ掛けた。」
 



 新聞の特殊指定をめぐっては、新聞協会の統一方針のもとで、新聞各紙はもっぱら「戸別配達網が崩壊する」として廃止に反対のキャンペーンを紙面で展開している。政治家にも働きかけ、国会や地方議会でも政治家から擁護の発言が相次いでいる。確かに著作物再販制度と特殊指定とがあいまって、戸別配達を維持することを可能にする安定発行体制を保障している側面はある。
 しかし、特殊指定が廃止され、著作物再販だけになってしまった場合、本当に危惧されるのは、新聞の安売り競争=乱売が始まり、新聞社の生き残りが「紙面の質」ではなく「価格」で決まってしまうことだと思う。資本力にまさる大新聞社だけしか生き残れない、というところに問題がある。これは「多様な新聞=多様な言論」が社会に担保されない、ということだ。
 一方で、現に新聞販売の現場ではさまざまなルール違反が放置されたままだ。紙面の質をめぐっても、記者クラブ問題をはじめとして、権力の監視機能が十分に果たされているかとの観点から厳しい批判を受けている。だから、特殊指定の存続を訴えるなら、あわせてこれらの現に抱えている課題をどう解決していくのかの展望をも示さなければならない。今回の特殊指定問題を機に、新聞業界に身を置く人間はみな新聞の「公共性」をあらためて考え直さなければならない。
 新聞労連の中でも、労働組合は経営者たちとは一線を画した取り組みを進めるべきだ、との声が高まっていると感じている。来週には労連の中央委員会を招集しており、その場を起点に、新聞労連としても特殊指定改廃に反対する運動を展開すべく準備を進めている。この運動は同時に、現場で働くわたしたち自身が、どう新聞への社会、読者の信頼を再確立していくかが課題になると考えている。このブログでもあらためて取り上げたい。

 新聞の特殊指定をめぐっては、このブログでも何回か書いてきた。
「新聞の再販制度維持が「業界エゴ」でないために」
「特殊指定改廃に反対する新聞労連声明」
「それでも新聞再販は必要」

 さて、教科書特殊指定のシンポに話を戻す。教科書営業の現場でも、資本力にまさる大手業者の寡占化が進み、多様な教科書づくりが失われつつあるという。教科書営業にはほかに文部科学省の指導なども絡み、単純ではないのだが、特殊指定があっても、そういう現状になっている。公取委の競争原理至上主義、経済効率最優先(というより、そのほかの視点は皆無と言っていいかもしれない)のスタンスで決めてしまっては、社会に多様な価値観が担保されなくなる。その点が、今回の特殊指定論議では教科書にも新聞にも共通することだと思う。
 経済効率最優先でいくと何が起きるのか。わたしたちは、その一つの答えを昨年の尼崎市のJR西日本の電車脱線事故や、相次ぐ航空業界の安全トラブルに見ているはずだ。また、社会経済上のこととして、格差の拡大という問題にも直面している。特殊指定見直しの問題は、格差社会の問題と同根ではないのか。シンポでは、わたしはそういう話をした。

 シンポでは、教科書検定訴訟の原告でもあった高島伸欣・琉球大教授らから報告があったが、今回の公取委方針を歓迎しているのは、歴史を改ざんして偏狭なナショナリズムを前面に押し出す歴史教科書をつくっている「新しい歴史教科書をつくる会」だけだという。高島教授らは、「つくる会」と同会編集の教科書の発行元になっている扶桑社は事実上一体であり、「つくる会」の関係者が他社の教科書を激しく批判しているのは特殊指定に違反(すなわち独禁法違反)しているとして、何度も公取委に申告してきたが、公取委はまったく動こうとしなかったという。
 公取委は理由として、独禁法上、規制の対象になるのは扶桑社だけで、「つくる会」メンバーの言動は含まれないと説明し、4年前には教科書特殊指定が時代遅れであることを認めていた。
公取委は今回、規制強化への見直しもしないまま、現にある訴えに取り合わず、いきなり廃止を表明した。競争原理しか頭の中にない行政当局に、言論にかかわる事柄を任せることの危険性が分かると思う。
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by news-worker | 2006-04-09 11:37 | メディア  

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