小田実さんは「憲法9条は今こそ旬」と繰り返し指摘した~朝日新聞労組「5・3集会」より

 憲法記念日の3日は、兵庫県西宮市で朝日新聞労働組合が開いた5・3集会「戦争と平和」に参加した。
 19年前(1987年)のこの日の夜、西宮市の朝日新聞阪神支局に散弾銃を持った男が押し入り発砲。当時29歳の小尻知博記者が殺害され、他に記者1人が重傷を負った。テロは朝日新聞の名古屋本社社員寮銃撃、静岡支局爆破未遂と続き、テロや脅迫のターゲットは竹下登元首相や江副浩正元リクルート会長らにも拡大した。
 「赤報隊」を名乗る犯人の犯行声明は「反日朝日は50年前にかえれ」と、朝日新聞に戦前の翼賛報道へ回帰するよう要求。必死の捜査にもかかわらず、一連の事件はすべて時効が完成している。朝日労組は阪神支局事件の翌年に「5・3集会」を開催。以後、事件を風化させまいと毎年、開催を続け、ことしで19回目になる。
 主催者あいさつで朝日労組の久村俊介委員長は「憲法で保障された言論の自由を銃弾で封じ込めようと、犯行日に選んだ憲法記念日。ならば、その憲法の意義を論じ続けることこそが、この事件の怒りを語り継ぐことになるはずだと考えます」と述べた。



 さて、集会の第一部は劇作家、女優の渡辺えり子さんの構成による朗読劇「ボクの戦争」。渡辺さん、根岸季衣さんのほか、大阪の舞台俳優ら16人が台本を読み上げながら、太平洋戦争当時の世相を開戦から敗戦、日本国憲法の施行まで時間を追って再現した。
台本に盛り込まれているのは、渡辺さんが調べ、探した実話ばかり。例えば、1941年12月の開戦に、作家太宰治は「すっきりした」と言い、社会学者清水幾太郎は「便通が治った気分」と言ったこと、1945年3月の東京大空襲の前年、陸軍高官の一人は「本格的に空襲が始まれば、東京で10万や20万は死ぬ」「しかし、東京には600万人から700万人が住んでいる。10万人や20万人が死んでも東京は大丈夫だ」と言っていたことなどが、テンポよく朗読されていく。
 病弱だった小学生の男児は、集団疎開に加えてもらえず、空襲が予想される大阪に残された。戦争の役に立たない者は死んでも構わない-。男児は「味方に見捨てられた」ことを悟り、がく然とする。しかし、学校はこの男児をも疎開させたと虚偽の報告を市に上げていたことが敗戦後、発覚する。対応に苦慮した学校側は、学籍を抹消して男児が在校していなかったことにしてしまう…。
 1時間以上の朗読劇を、ここで文章で再現するのは難しい(記憶違いもあると思う)。渡辺さんがこの朗読劇で表現したかったのは、軍部が暴走して、いやがる国民を無理やりに戦争へと駆り立てたのではなかったこと、むしろ文化人や知識人が熱狂的に開戦を称え、新聞やラジオも一緒になって戦争を賛美し、国民の側もそれを熱狂的に受け容れたことだという。そうした戦争の愚かさが迫力とともに伝わってくる舞台だった。

 集会の第2部は「憲法九条のいままでとこれから」と題したパネルディスカッション。コーディネーターは田原総一朗氏、パネラーは元社民党党首、元衆院議長で憲法学者でもある土井たか子さん、作家小田実氏、それに渡辺えり子さんの顔ぶれ。話は行きつ戻りつ、結論らしい結論はないも同然の討論だった(無意味な討論という意味ではない)。
 いちばん強く印象に残ったのは、繰り返し「憲法9条は『今でも旬』ではない。『今こそ旬』だ」と強調した小田さんの言葉だった。手元のメモをもとに、ご紹介する。

▽憲法を初めて意識したのは1958年からの米国留学。米国は自由と民主主義を言いながら、実は戦争のことは何も考えていないことが分かった。一方で差別がある。そういった経験をしながら、日本の憲法のことを考えた。米国では武器を持つのは権利であり、米国はあらゆる人間、あらゆる国に武器を持たそうとする。日本はそれをやめた。そのことの価値を米国で痛感した。「武器を持つ」論理は、強い者が勝つ、ということ。しかし、そこには「自由」がなくなる。

▽米国は今、日本に「憲法を変えろ」と言っている。これが押し付けでなくて何だろうか。在日米軍再編では、ラムズフェルド国防長官は日本に「大局的見地を持て」と言った。要するに米国と一緒になって世界制覇をやれと言っている。しかし、自衛隊がいくら強くなっても、米国の手先になるだけでしかない。
 
▽日本国憲法前文は全世界の願望だ。西欧では(戦力放棄までは行っていなくても)良心的兵役拒否は思想としても制度としても確立された。これはすごいことだ。小さな人(小さい存在の個人)の立場に立つことも明確にしている。24条(両性の平等)、25条(生存権)で、何が必要かを具体的に書いてある。こんな憲法は他に例がない。普通の人のまっとうな生活を守ることを国に義務付けている。「普通の人のまっとうな生活」とは、殺すことも殺されることもないこと。これは9条とセットになっている。

▽キューバをはじめラテンアメリカは今、自分たちで新しい国際協調の仕組みを作り始めている。米国は21世紀は米国が世界を支配する時代だと言っているが、ラテンアメリカ諸国は今世紀の終わりには米国はだめになると見通している。米国一辺倒ではない。わたしたちももっと大きな構想を考えるべきだ。新しい非同盟を構築するときに、9条が役立つ。

▽日本と韓国には共通点がある。日本が堕落したと言っても、日本の経済の繁栄を作ったのは平和産業であって軍需産業ではない。これは世界史が始まって以来、初めて日本が成し遂げたことだ。韓国も同じだ。金大中以来、文民政権が続いている。日韓で世界構想を考えていけるはずだ。しかし、日本政府は軽率だ。ブッシュ政権はもう終わる。次の政権が出てくる。なのに、日本政府は米国の軍部が永遠だと思っているのだろうか。日本は中国の軍事費と張り合っても仕方がない。別のやり方を考えた方がいい。

▽理想は本当だろうか。大東亜共栄圏の理想について、戦時中の国会の秘密会の記録を読むと、ホンネがあけすけだ。東南アジアに対して、欲しいのは資源だけ。独立を本気で支援する気などない。理想は本当なのか、自分で調べ、勉強するしかない。政党は当てにならない。自分でやらなければならない。市民社会の成熟が必要だ。議会制民主主義の枠組みでは達成できないことが出てきている。市民社会の成熟とは、民衆の力があることだ。デモやストライキだ。それは米国や英国にだってある。日本もやらなければならない。市民が政策を持つべきだ。そうしないから市民が政党に引きずられてしまう。日本の革新勢力がダメなところは、平和憲法を実践してこなかったことだ。何もせずに「護憲」と言っていただけだ。

▽日米安保をやめて、まず米軍基地を日本国外に出せばいい。占領政策の延長のようなことをすっきりさせ、その上で、防衛政策のために何が必要かを話せばいい。「市民の軍縮」を考えることが必要だ。「ここにこの部隊はいらない」とか「この戦車部隊はいらない」とか。デモやストも含めて動かないとダメだ。憲法が「今こそ旬」とはそういう意味だ。

▽戦争体験を継承するためには、あの戦争をもっと調べる必要がある。わたしは1945年8月14日の大阪大空襲を体験した。200メートル先に1トン爆弾が落ちた。米軍は日本語のビラも撒いた。それには「戦争は終わった」と書かれていた。翌日、本当に戦争は終わった。終戦について通説はこうだ。8月6日広島、8月9日長崎に原爆が投下され、ソ連も参戦した。ようやく日本はポツダム宣言受諾の用意に乗り出す。一点だけ「国体護持」の条件をつけたが、連合国から返事はない。最後に聖断がくだった、と、通説になっている。しかし真っ赤なウソだ。米国へ行って調べたら、米国では8月11日の新聞に「戦争は終わった」と出ている。「天皇制は維持されるだろう」と書いてある。翌日の新聞では「維持する」となっている。新聞報道はスイス経由で日本に届く。米国は日本に通告していたのだ。しかし、日本政府は(終戦に)腰を上げず、業を煮やして米国は8月14日に空襲を再開した。政府がグズグズしている間に、死ぬのはわれわれだったのだ。戦争の真実はまだ隠されている。ヤマとある。

 憲法記念日にぶつけるかのように、5月2日、日米両政府の「2+2協議」で在日米軍再編計画が最終決定された。仮に、この計画が完全に達成されるなら、日本全土を米軍機が好きなときに、好きなだけ飛べるようになる。米軍と自衛隊の司令部が同居し、自衛隊はますます米軍の「手先」として活動することになる。沖縄の負担軽減がさかんに喧伝されているが、名護市辺野古地区への普天間基地代替施設建設は、基地の恒久化、固定化にほかならない。
 日本政府は関係地の自治体の意見を汲むこともなく、ここまで決めた。「安全保障は政府の専権事項」と言ってはばかることもないままに。小田実さんにならうなら、この流れを変えるのは「成熟した市民社会=民衆の力」しかないと思う。
 しかし、権力の側もその怖さは十分に知っている。共謀罪は、権力が市民社会の成熟を潰すためにこそ使われるだろう。今、まさに日本は米国とともに戦争をする、戦争ができるような国家体制づくりの真っ最中だ。その一環として共謀罪の新設がある、という風に見なければ、共謀罪の本当の怖さが理解できないかもしれない。
 米軍と自衛隊の一体化、沖縄のみならず日本全土の米軍基地化、戦争国家の民衆封じ、言論封じ機能としての共謀罪、そして戦争への道の総仕上げとして憲法、教育基本法の改悪。あれもこれもが同時に進行しているからこそ、まさに日本国憲法は「今こそ旬」だ。憲法をどう実践するかが問題だ。そのことを明瞭に理解できた憲法記念日だった。
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by news-worker | 2006-05-04 02:36 | 平和・憲法  

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