新聞の信頼確立~新聞労連の新研中央集会より

 7月1-2日は東京で新聞労連の「新研中央集会」があった。「新研」とは、何度かこのブログでも紹介してきたが「新聞研究」のこと。新聞が市民の「知る権利」や民主主義の発展に貢献しているか、書くべきことを書いているかなど、新聞紙面のあり方を検証する活動で、新聞労連の基幹活動の一つとなっている。
 今回の集会では「新聞の信頼確立」を初日のテーマに据えた。裏返せば、今の新聞は市民・読者の確固たる信頼を得ているとは言えない、との問題意識を持っている。メディアの信頼度などを尋ねた世論調査や市民アンケートでは、依然として新聞は高い信頼を保っている。しかし、ここでいう「信頼」は、そうした「ニュースの信憑性」という意味での信頼とはちょっとニュアンスが違う。端的に言えば、昨年末に閣議決定された国の犯罪被害者被害者等基本計画で、事件事故の被害者を実名で発表するか、匿名で発表するかは警察の判断に委ねる、との項目が盛り込まれたことだ(過去のエントリー)。「メディア(新聞を含む)は人権侵害をする。犯罪被害者の人権をメディアから守るのは警察しかない」ということであり、つまりは新聞を含めメディアは警察より信用できない、という世論が作られているということだ。



 さて、集会では外部ゲストも交えて討論をした。
 上智大教授の田島泰彦さんは、今の新聞の問題点を大きく①ジャーナリズムの役割を果たしているのか②表現の自由、報道の自由のために闘っているのか③市民に開かれているか-の3つに分けて指摘した。①は権力をどれだけ監視しているか、ということでもある。また、ナショナリズムと精神主義だけが目立ったサッカーW杯報道、事件事故取材でのメディアスクラムの問題もある。②は、ごく最近の出来事で言えば、自民党・柏村武昭参院議員が総務委員会で行ったNHKへの政治介入質問をなかなかメディアが報じようとしない問題がある。③では、公取委が新聞の特殊指定を見直そうとしたことに対する業界を挙げての反対キャンペーンがそうだし、古くて新しい問題である記者クラブ問題もそうだ。
 これらの論点をめぐる討論は、そう簡単に答えが得られるものではない。最後はやはり「市民と連帯し、権力の監視の機能を果たしていくしかない」という当たり前と言えば当たり前の最大公約数的な結論で落ち着いた。ただ、新聞メディアの危機を自覚するという点では、意味はあったと思う。危機的状況にあることを自覚できないことこそ、本当の危機だ。

 ゲストの一人、専修大助教授の山田健太さんの話が印象に残っているので紹介しておきたい。山田さんはこの春まで新聞協会事務局に勤務。新聞労連の新研活動の大先輩でもある。
 「今の新聞はおもしろくない。各種の統計や調査結果にはっきり出ている。読んでも何も分からない。知りたいことが何も分からない。従って読まれなくなるし、応援してくれる人(サポーター)もいなくなる。だから今、新聞は裸の王様だ。そして現場では記者が自信を失っている。デスククラスや、もしかしたら社長さんたちも自信を失っている。一方で現場には〝やさしさ〟が蔓延している」
 「メディアの復権とか信頼回復が言われだしたのは、ほぼ20年前。1985年当時は写真週刊誌が次々に創刊され、テレビもワイドショーが勢いを増した。そのころ、日航ジャンボ機が墜落し、ロス疑惑が注目を集めた。報道の質の面で転換があった。現場や関係者に取材陣が殺到し、しかも週刊誌的、ワイドショー的な報道になっていった」
 「そうした状況には強い批判が上がり、とりわけ新聞が批判された。そこで新聞界はどうしたか。80年代終わりごろだが、事件事故の逮捕者を呼び捨て報道していたのを変えて『容疑者』呼称をつけるようになった。また記事では『捜査本部によると』などのように、警察を情報源として明記するようになった。これでメディア批判は一時収まることになる」
 「次の波は95年。ロス疑惑をめぐるメディア訴訟は全敗状態。一方で、対マスメディア訴訟が急増した。新聞界は2000年に倫理綱領を制定し、01年にはメディアスクラム防止の枠組みがスタート、各新聞社が報道検証の第3者機関を設置する。一時的には努力を評価され、それで安心してしまった。その後、新聞界は何の努力もしていない」
 「10年ずつ見ていくなら、次は2005年。個人情報保護法で情報の過剰保護が問題になっている。自衛隊のイラク派遣で、検閲規定が盛り込まれた取材協定がつくられている。そういう状況の中で、新聞界はうろたえているだけで何もできていない」
 「95年当時、新聞界は始めて経営危機を認識した。『ネットにとって代わられる』と危機感を持った。当面、生き残るには読者に迎合していくしかない。よって、口当たりのいい記事が増え、『やさしさ』が蔓延することとなった。同時に、今まで当たり前だと思ってきたところを揺さぶられた。『何の根拠もない』ことに気付いてきた。それが自信のなさになっている」
 「85年から90年にかけてぐらいの時期、調査報道がブームになり、政府は危機感を強めた。それが90年代に入って、政府がメディアコントロールに力を入れ始めた理由のひとつだ」
 「今、新聞の信頼確立を目指すなら、まず過去の流れを共有すること。その上で対策を考えることが必要だ」
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by news-worker | 2006-07-02 23:22 | メディア  

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