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オーマイニュース日本版のこと

 オーマイニュース日本版が28日から本番始動する。6月から続いてきた「開店準備中ブログ」をめぐってネット上で様々語られているが、本当の評価は実際に本番運用がどのようなものになるのか次第だろう。
 本番稼働からおおむね1週間というタイミングで9月2日(土)の午後、オーマイニュースにブロガー有志らが加わって共催するシンポジウム「ブロガー×オーマイニュース『市民メディアの可能性』」が開かれる。詳しくは、藤代裕之さんのブログ「ガ島通信」のエントリーで。今のところ、鳥越俊太郎オーマイニュース編集長も参加の予定という。

 さて、オーマイニュースの準備ブログで起こった〝炎上〟についての分析は、上記藤代さんのエントリー「オーマイニュースジャパンの『炎上』と『現状』」が、わたしはもっとも納得性が高いと感じた。鳥越編集長と編集部員に対して相当に厳しい指摘が書き連ねられているが、とりわけ以下の部分の指摘は分かりやすい。
ネット音痴ぶりは、炎上のトリガーとその対応でも明らかで、たぶんほとんどの編集部員がブログやSNSをやったこともないのでしょう。少しばかり本を読んだり、人から話を聞いたところで、既存メディア的な発想はなかなか変わりません。そしてなによりも、オーマイジャパンの市民記者による記事の紹介の仕方を見ていると、多くの市民が既に自分のメディアを持っているというパラダイムのシフトに全く気づいていないという可能性が高い。鳥越氏がブログをあれだけ見下した発言をしていながら、あのような低レベルな市民記者の記事を並べているのは、別にオーマイジャパンに書かなくても、ブログで書けばいいという状況を理解していないからなのでしょう。




 さて、わたし自身の私見だが、オーマイニュース日本版が日本のジャーナリズム状況を変える存在になるかどうかと言えば、よく分からない。どちらかと言えば懐疑的である。あえて言えば、本家韓国のオーマイニュースは、韓国でのような成功は覚束ないとみているのではないかと思う。
 2年前の秋に、ソウルで韓国オーマイニュースの創始者であるオ・ヨンホ氏のミニ講演を聞く機会があった。「市民はだれでも記者になれるということが、オーマイニュースが放った最大の特ダネだった」という内容だったが、今でも強く印象に残っているのは、当時オ・ヨンホ氏自身が「日本のネット新聞からも視察に来たが、このモデルは日本では成功しない」と明確に言い切っていたことだ。
 オ・ヨンホ氏がその時に指摘した韓国での成功の要因はいくつかあったが、「日本との違い」という観点から、わたしなりの受け止めで言えば、軍事政権が続いたこと、激しい民主化闘争があったこと、という現代史そのものの違い、社会が歩んできた成り立ちの違いが最大の要因ではないかと思う。韓国社会は、表現行為が命がけになるという時代をくぐり抜けてきている。
 60年代生まれで、80年代に大学生などとして民主化闘争を中心的に担い、現在は30代後半(40代にかかっている人も多いと思う)という「6・8・3世代」という言い方が韓国にはある。この世代に該当する韓国人の友人に聞くと、大学時代(彼は延世大の出身)はヘルメットをかぶってデモに行くのが当たり前、投石もやるし火炎ビンも投げた、それが日常だったという。その以前、60-70年代の朴政権時代のことは岩波新書「韓国からの通信」がいちばん手近かもしれないが、一例を挙げればいわゆる「金大中拉致事件」だけでも十分だろう。
 翻って日本はどうだろうか。「全共闘世代」という言い方はあるが、ほぼ一世代下の70年代末から80年代にかけて大学に在籍したわたしの自分史を振り返ると、「大学は人生のモラトリアム期間」とか「大学レジャーランド化」と言われ始めた時期だったと思う。要するに、表現の自由の何たるかは考えなくてもよかったし、学内で見かけるヘルメット姿も「セクト」という言葉にネガティブな含みを持たせて冷ややかにみていた。同時期、韓国では朴大統領が暗殺され、民主化の気運が高まりながら、光州事件でその気運は流血とともに押しつぶされていったこととは大きな違いだ。
 韓国でのオーマイニュース成功に話を戻すと、要因のもう一つは、その現代史の中での韓国のメディア事情、とりわけ新聞事情だ。
 韓国には東亜日報、中央日報、朝鮮日報という3つの有力紙があって、「三大紙」とか「ビッグ3」と呼ばれている。長い軍事政権時代を通じて弾圧も受けたのだろうが、存続を図るために政権との妥協もあっただろう。財界の存在もある。専門的に取材したり研究したこともないし、韓国のマスコミ労組の方々に聞いた限りだが、ビッグ3の保守的論調には相当なものがあるという。
 民主化とともに、韓国では続々と新興紙が発刊された。先駆けとなったハンギョレ新聞は、よく知られているように、ビッグ3に飽き足らず新しい言論活動を求め退社した記者らが創刊の中心を担った。韓国では「言論改革」ということがよく言われ、日本では政権による言論の介入が危ぐされるように報道されることも多いが、韓国のマスコミ労組の方々はそうした報道は一面的でしかないと明快に否定する。「言論改革」とは、そうした新興、小規模紙でも存続できるようにルールを見直すことなのだという。それは同時にビッグ3が権益を失うことにもなるので、軋轢が起きる。
 実はオーマイニュース創刊は、こうした「メディアの拡大」とも呼ぶべき流れの中にも位置づけるのが可能なのではないかとわたしは思う。
 メディア事情でもう一つ言えば、新聞の信頼度の問題がある。これも厳密に調べたことはないのだが、世論調査などでの新聞の信頼度は、日本の感覚からすれば驚くほど低い。韓国のマスコミ労組の方々の話では、それでもなぜ経営が成り立つかと言えば、収入のうち広告が6割から7割を占める構造になっているからだという。日本では新聞は読まれなくなってきているが、しかし信頼度は高いと言っていいと思う。日本の新聞離れは、論調(ジャーナリズム)とはあまり関係のない話ではないかと思う。

 さて、まとめて言うとこういうことだ。本家韓国での成功の要因だが、韓国には体を張って命がけで民主主義を勝ち取ってきた自負を持つ大きな層が社会に存在し、同時に既存メディアから分派して次々に新しいメディアが生まれていく流れがあった。そこにブロードバンドという技術革新、社会の情報インフラの革命的な変化があいまって、新しいメディアとしての市民記者に支えられるネット新聞が誕生し、支持を受けた。オーマイニュースの成功ストーリーが常に「ノ・ムヒョン政権誕生の立役者」という評価とともに語られるのも、市民記者の欲する表現活動が政治に直結していて、それで何の違和感も生じない韓国社会だからこそではないかと思う。
 翻って日本はどうか。既存メディアへの批判はもちろんあるし、それは強まっているが、新聞について言えば信頼が下がっているわけではない。だからと言うべきなのかどうかは分からないが、メディアの分派の流れは起きず、例えば日本の新聞界で新しい新聞の創刊は至難のわざだ。その中で、いくつかネット新聞も生まれたが、成功と呼ぶには程遠い。そのまた一方で、個人の表現活動としてのブログ人口は増えてきている。新聞もネットとの付き合い方を深刻に考えるようになってはきた。
 韓国にはあるが日本にはない、そういうものが多々あることを、オ・ヨンホ氏自身が2年前、明確に口にしていた。ふつうなら、日本ではそう簡単に成功は覚束ないと思うはずだ。日本版の仕掛けとしては、「ソフトバンク出資」プラス「鳥越俊太郎編集長」ということになるが、孫正義氏が日本のネットビジネスと既存メディアの関係に何を思ってオーマイニュースへの出資を決めたのか、興味がわくところだ。鳥越編集長については、先に引用した藤代さんの見方にわたしは同感だ。やっぱり既存メディアのこちら側の人なのだなあ、と思う。

 最後に浜村寿紀さんのブログ「我的因特網留言板」のエントリー「本家オーマイニュースは苦戦中」をご紹介する。
創刊が近くなったことで、多くのマスメディアでもオーマイニュースを取り上げている。で、気になるのは、その際「韓国でオーマイニュースが成功したのは」(NikkeiNetでの鳥越編集長発言)という言い方が、何の検証もなく流通していることだ。韓国のIT状況を継続的にウォッチしている立場からするとかなり違和感がある。

 「韓国版オーマイニュースをどう分析するかは、そもそも盧武鉉政権をどう考えるかということにもつながっていく難問だ」との指摘で、あらためて韓国版はネット上での政治的な社会運動だったのかもしれないと考えたりしている。

 
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by news-worker | 2006-08-26 13:48 | メディア  

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