マスメディアVS市民メディア~市民メディアサミット06に参加

 きのう(9日)、横浜市・関内の開港記念会館で開かれている「第4回市民メディア全国交流集会@よこはま06」(市民メディアサミット06)に参加した。サミットは8-10日の3日間開催。さまざまなセッションに分かれて討論が行われる。全体の統一テーマは「市民メディアは社会をつなぐ」だ(詳しくはサミットのサイトへ)。
 文字通り、北海道から九州まで、全国から市民メディア関係者が集まる〝サミット〟だが、わたしが呼ばれたのは、2日目の8日午後に行われたセッション「ほんねトーク マスメディアVS市民メディア」。つまり既存大手メディアの代表的な代表のような立場だった。企画したのは日本ジャーナリスト会議(JCJ)神奈川支部。JCJと新聞労連、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)は友好団体の関係にあり、知り合いも多い。「ほんねトーク」なので、公的な代表者よりも労働組合関係者の方がいい、ということだったのか、わたしに声が掛かった。肩書きは「MIC議長」「前新聞労連委員長」「共同通信社会部デスク」の順に並べてもらい、発言はもっぱら労働組合運動を通じての個人的な意見を述べた。
 市民参加メディアと言えば、最近ではオーマイニュースが話題になり、同じインターネット新聞では「JANJAN」「日刊ベリタ」などの先行例もある。そうしたメディアを見ても明確に分かるのだが、市民メディアの側にはマスメディアに対する対抗意識がある。重要なことなのに、マスが取り上げない、書かないことが余りにも多い、という不信感が多かれ少なかれ、どの市民メディアにもあるのではないか。わたしは部分参加だったが、このサミットでも、他のセッションでは「マスコミ何するものぞ」という強烈な対抗意識の表明が相次いでいるやに聞いた。
 さて、そういう場に既存大手メディアの人間として出て行ったわけだから、あるいは袋叩きに遭うかもと覚悟をしていたのだが、終わってみれば少し元気を分けてもらったような、気持ちがいいセッションだった。
 セッションはパネルディスカッション方式で進行。わたしの発言は主に、マスメディアの記者の働き方とメンタリティに関してだった。このブログの過去のエントリーのうち「辺見庸氏の罵倒に答えてみたい」を主に例を引きながら、利益を追求する〝企業〟であるメディアの第一線の記者たちの葛藤、悩みを紹介した。政局報道に顕著な「落としどころ報道」についても、この春の共謀罪の国会審議をめぐる報道を例に話した。そして、マスメディアが真にメディアとしての信頼を得るには、読者・視聴者・市民と現場の記者たちがつながっていくしかない、と話した。
 他のパネラーは3人。インターネットテレビ「OurPlanet-TV」共同代表の白石草さんはテレビ界出身で、独立当初はプロフェッショナルなメディアを目指していたらしいが、実際に活動を始めてみて「素人はあなどれない」と実感し、今は「個から個へ」を活動の理念に掲げている。白石さんの元には、マスコミの記者もよく来るそうだが、みんな疲れているという。そういう形でわたしの発言をフォローしてもらった。
 また、海外、とりわけ発展途上国ではマスメディアが完全に権力と一体化している例も多くあり、市民メディアはそれこそ命がけで活動している例も少なくないと指摘。その意味では、まだ日本の市民メディアは切迫感がないと感じるという。裏返せば、まだ日本ではマスメディアに一定の信頼が残っているということだろうか。
 東京新聞したまち支局長の鈴木賀津彦さんは、富山支局時代に県版を使って取り組んだ市民参加の紙面づくりの実践例を紹介。マスメディアも、例えば政局であっても記者が取材テーマに生活者としての当事者意識を持てば、当事者メディアとして市民メディアと連携していくことが可能になる、と話した。
 元日本テレビで滞米経験があり、今は龍谷大で国際ジャーナリズム論の教鞭をとる隅井孝雄さんは、ちょっと違う角度からの話でおもしろかった。印象に残っているのは、この先、日本ではマスメディア、とりわけ放送に大変動が起きるかもしれない、ということだ。NHK〝改革〟や通信と放送の融合が政治課題に浮上している。従来の放送秩序が再編された時に、例えばデジタル化とあいまって、市民メディアにも電波の開放が進むかもしれない、という話だった。
 今、市民メディアはインターネットによる情報発信が主流のように見える。ネットの普及によって、市民メディアの可能性が大きく広がったのは間違いがない。それがまた電波という旧来型のメディアにも変化を迫り、そこにも市民メディアの活動領域が広がるとは、ちょっと予想がつかなかった話だ。
 限られた時間でのセッションで何か結論を出すというわけにはいかなかったが、既存のマスメディアと市民メディアは敵対関係だけでなく、双方の努力で連携の途を探っていくことも十分に可能ではないか、と思った。
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by news-worker | 2006-09-10 12:29 | メディア  

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