2005年 04月 06日 ( 1 )

 

新入組合員との会話

 出身元の労働組合から声が掛かり、新入組合員歓迎パーティーに顔を出した。新人の1人と話したときのこと。「組合のハチマキ締めてみる?」「いや、そういうのだめなんです」。「腕章もあるよ」「いや、だめなんです。赤い旗も」。年代を問わず、昔ながらの労組スタイルが組合員に敬遠されているのは、どこの労組でも変わりないだろう。「どんな格好だったら『参加してもいい』と思うのかな」「いや、上から命令とか指示とか、動員されるのは嫌なんです。組合費払うのはいいんですけど。命令は嫌なんです」。「でも、仕事では上から命令や指示が来るよ。『夜回りしろ』とか『張り込みやれ』とか」「あ、そういうのは大丈夫です。ちゃんとやりますから」。
 正直に言って、少なからず驚いてしまった。彼が言ったことというのは、業務は指揮系統の指示に従う、つまり会社の言うことはきくが、労働組合はその限りではないということだ。わたしが驚いたのは、労働組合云々というよりも、彼が「会社」には従順に従うという姿勢をあまりにも屈託なく示したことだ。
 わたしだって20数年前の新人時代を振り返れば、最初から労組委員長を目指していたわけじゃない。「特ダネを書きたい」とか「敏腕記者と呼ばれたい」とか、ささやかな野望はあった。今から思えば、会社に認められたいということだったのだが、それでも当時は自分なりに反骨精神を持っているつもりだった。就職したばかりのわたしの頭の中では、「新聞記者=反骨、反権力」の図式があり、反骨精神が向けられるべき対象は会社も例外ではないと考えていた。会社や上司に従順であるという姿勢を人前で示すのは恥ずかしいことだと、漠然とながら思っていた。周囲の同期入社の記者や、配属先で一緒だった他社の同年次の記者たちも同じだったと思う。
 「時代は変わった」と小さくまとめるつもりはないし、「じゃあ20何年たって、おまえは新聞記者として何をしてきたか」と問われれば、非常に心もとない。しかし、新聞のジャーナリズムが新聞社という組織の問題を抜きにしては論じられない現状に鑑みれば、前述の新人君の言葉には少なからず不安を覚える(もしかしたら、仕事は一生懸命にやりたいということを言いたかっただけなのかもしれないが)。
 新聞と新聞記者について考えていることは、おいおい書いていきたいが、まずは先輩たちが実際に言動を示すことが必要と思う。とりわけ、わたしたちデスク世代に。なぜならば、わたしたちはまだ現場に軸足を残しているし、上の人たちが何を考え、やっているかも見えている。30代や50代とは違う責任が、わたしたち40代にはあると考えている。
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by news-worker | 2005-04-06 12:38 | メディア