2005年 09月 12日 ( 2 )

 

自民圧勝 その2

 開票から一夜明けて、新聞各紙はきょうの夕刊でも識者を登場させるなどして、選挙結果の見方を紹介している。「今まで投票に行かなかった層が、今回はこぞって自民党に投票した」「現状への鬱々とした不満が『改革』に期待を持たせた」といったところの見方が共通しているようだ。
 「現状への不満」とは、わたしが身を置いている労働組合に関係が深い雇用の側面から見れば、非正規雇用とか非典型的雇用と呼ばれる派遣社員や契約社員、あるいはニートと呼ばれる若年層らの不満だろう。自らの意欲、能力の問題を遙かに超えたレベルで、自分の仕事や生活が決まってしまっていること。その不満が「改革」を求めるのは当たり前だ。
 メディアの分析は、小泉首相が争点を郵政民営化に単純化することで、「改革」ムードを分かりやすい形で演出していったのに対し、民主党は「改革」を求める層の受け皿になることに失敗したとの見方でも共通しているようだ。ここまではわたしも同感だ。分かりやすかったのは、朝日新聞の夕刊に掲載されていた漫画家倉田真由美さんのコメント。「ベストセラーは、ふだんは本なんか読まない人たちを引きつける力がある」と例えている。なるほど。
 一方、今回の選挙結果のそうした側面から、つまり政策の中味ではなくてムードでこれだけ自民党が圧勝してしまったことに対し「衆愚政治」とみる指摘もある。これには異論がある。ムードでも何でも、投票率が大きく上がったことは間違いない。選挙への関心が高まったこと自体までを否定しては、民主主義は成り立たない。かつて民主主義がファシズムを生んでしまったことはあるが、それは民主主義が本来的に内包しているリスクだ。民主主義は、自らを否定する言論や政治的主張であっても、手段が合法的なら容認せざるをえない。だから、議論が大事なのだ。その議論が今回の選挙戦ではなかった。議論がかみ合わなかった。
 今回の選挙結果は、それも現実だ。改憲問題をはじめとして、これから日本の社会で何が始まるのか不安を覚えるけれども、「だから日本の民主主義はレベルが低い」と言ってみても何も始まらない。「勝ち組」「負け組」が流行語になる今の社会経済情勢がこのまま進むことを、果たして自民党に1票を投じた人たちの全員が望んでいるかどうかは分からないが、少なくともかつてない世論の高まりが現出したのは事実だ。日本が再び軍隊を持ち、海外で「殺し殺され合い」をするのかどうか。それが問われる事態もそう遠くはない。そのときに、今回のような世論の高まりが「NO」という声とともに実現できればいい。それは、平和と民主主義を守りたいと願うわたしたち一人ひとりが、これから何をしていくかにかかっている。広く社会全体に議論が広がるかどうか次第だと思う。
 民主党の支持基盤には労働組合もある。ナショナルセンターの連合が全面支援しながらの惨敗は、既存の労働組合運動もまた市民社会の支持と共感を得られなかったことを示している。労働組合の課題も今回の選挙結果で明らかになったと思う。
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by news-worker | 2005-09-12 22:09 | 社会経済  

自民圧勝

 どうしてこうなってしまうのか。自民圧勝の衆院選結果にメディアは様々な分析をしているけれども、わたしにはよく分からない。日本の市民社会が「分かりやすさ」を求めている、あるいは「分かりやすさ」に反応することが明らかになったことは確かだろう。しかし、小泉首相が「改革の本丸」と叫び続けた郵政民営化法案は別として、それ以外にどんな改革、どんな社会を民意が求めているのか、今回の選挙結果からは見えてこない。郵政以外に争点はいくつもあったのに、小泉首相が郵政以外はまったく触れなかったからだ。今後の社会の方向性を決めるはずの選挙で、民意が求める方向性が実は示されていない。これが最大の問題ではないかと思う。
 選挙に先立つ衆院解散自体、民主主義の理念に照らして無理があったと思う。郵政民営化法案は衆院では可決されていたからだ。参院で否決されたからといって、衆院解散が許されるなら参院は必要ないことになる。党内の反対派を公認せず、刺客を立てるやり方も党内独裁だ。郵政民営化法案を立案する段階から、小泉首相の独裁手法は際立っていた。
 しかし、そうしたことをすべてひっくるめて、自民圧勝の結果になった。自民党も「政権公約」を発表していたから、あとはその公約を実現するだけということになる。例え小泉首相が選挙戦では郵政しか口にしていなかったとしても公約は公約、それは民主主義のルールだから当然だ。現憲法を捨てて新憲法をつくることも自民党は明言し、公約に掲げている。
 メディアの解説では、少々強引な手法でも反対派を切り捨て、刺客を次々に擁立した小泉首相の姿勢が「改革にかける情熱と行動」として有権者の心をつかんだ、という。その通りだろう。しかし、情熱と行動が目指す方向がそれでいいのか、という問題があったはずだ。本当に「改革」なのか、そう呼んでいいのか、「改悪」ではないのか疑う必要があったのに選挙戦では大きな論点にならなかった。小泉首相が「改革」を専売特許にしてしまうことに成功した時点で、ムード選挙へと大勢は決まっていたのかもしれない。
 憲法をはじめとして、これから小泉自民党は数にモノを言わせて「公約」を押し進めていくだろう。嘆いていても仕方がない。自民圧勝の前にかすんで見えるけれども、退潮が続いていた社民、共産は微増、あるいは現状維持で踏み止まった。希望は残っていると思う。
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by news-worker | 2005-09-12 10:00 | 社会経済