2005年 11月 14日 ( 1 )

 

メディアの信頼回復

 先週の土曜日(12日)の午後に「報道と知る権利~マス・メディアの“今”を問う」と題した月刊誌「マスコミ市民」主催のシンポジウムに出演した。パネラーはビデオ・ジャーナリストの神保哲生さん、元NHK記者で椙山女子大客員教授の川崎泰資さんにわたし、コーディネーターはアジアプレス・インターナショナル代表の野中章弘さんという顔ぶれ。
 わたしの発言としては、メディアの現場では「企業第一主義」とでも呼ぶべき利益・効率優先主義のもとで、日々の取材・報道をジャーナリズムの観点から議論する余裕も雰囲気もなくなっていること、経営者も「企業の生き残り」は口にしても「ジャーナリズム」を口にすることがなくなっていること、その結果、記者一人ひとりの良心が組織の中で孤立化していっていることなどを話した。また、全下野労組の争議も紹介し、そうした中でも闘う新聞の労組があり、働く者の立場で横の連帯を再構築していくきっかけになるということも話した。
 しかし、会場の参加者にはあまりピンとこなかったかもしれない。むしろ、これだけメディアのあり方が問われているのに、労働組合は、新聞労連は何をするつもりなのか、といった趣旨の厳しい質問を受けた。NHKの番組改変問題でも、NHKも朝日新聞も労働組合が前面に出てこないのはなぜか、という質問もあった。それは恐らく編集権(対外的な意味ではなく、メディア内部の問題として。つまりメディア企業ならどこでも経営者たちは「編集権は会社にあり、個々の社員や労働組合は関与できない」というスタンスだ)の問題が根底にあるだろう、という答えしかできなかった。
 シンポを終えて、やはりわたしたちメディアの内部にいる人間と、外からメディアを見ている人たちとの間の温度差を感じないわけにはいかなかった。今、新聞など既存のマスメディアは相当に厳しい目で見られている。しかし、そのことに内部の人間がどこまで本当に気付いているか、ということだ。これは、わたしたち労働組合にもあてはまる。
 メディアの信頼回復のためには、外の世界に出て行くしかない。いいことも悪いことも、包み隠さずさらけだし、批判は批判として受け止めなければならない。そうしないと市民の理解と応援は得られない。マスメディアが市民から孤立していけば、ただの「だめな会社」だ。
 新聞労連の委員長として言うべきことではないかもしれないが、シンポでは「ひどい報道だ、と思ったら新聞の購読をやめてください。『会社の生き残り』しか頭にない経営者たちにはそれがいちばん効く。でも、逆に『こんな記事を読みたかった』というようないい記事は応援してください。『ぜひ続けてくれ』という電話を一本かけてください」と話した。
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by news-worker | 2005-11-14 01:52 | メディア