2005年 12月 01日 ( 1 )

 

ペルー人容疑者報道に違和感

 広島の女児殺害事件が11月30日のペルー人容疑者逮捕で新局面を迎えている。30日付夕刊に続いて、きょう(12月1日)付の朝刊各紙も紙面で大展開。社会部の職場を離れ、新聞を外側から見るようになって1年4カ月が経ったが、今回の新聞各紙の報道ぶりに正直に言って大きな違和感ととまどいを感じている。
 ネットでチェックしたところでは、けさの朝刊で毎日が「女児の衣類に汗とともに付着していた皮膚組織のDNAが、容疑者のものと一致した」と報じている。読売は「女児の制服についた汗の乾いた跡などのDNA型が一致」と報じている。両紙とも、記事の趣旨はこの「DNA鑑定」結果を決め手として、広島県警が容疑者逮捕に踏み切ったというものだ。それはそれでいいと思う。わたしが取材班に加わっていたとしても、そのこと自体は大きなニュースだと判断すると思う。
 違和感を感じるのはその先なのだが、例えば毎日の同じ記事中には「また、遺体が押し込まれていたガスコンロ用の段ボール箱の中に、粒状チョコレートの包み紙があったが、容疑者の自宅から同じ種類のチョコの外装が見つかった。遺体を押し込む際に、室内にあったチョコの包み紙が段ボール箱に入った可能性があり、有力な物証とみられる」と、「容疑者=犯人」とした書き方をしている。この「容疑者=犯人」の論調は、程度の差はあれ30日夕刊段階から新聞各紙の記事に表れている。30日早朝のネット上のサイトに載っていた記事では「容疑者逮捕で事件は解決した」という表現すらあった。
 警察が容疑者(警察用語では「被疑者」)を犯人視するのは、ある意味では当然だ。「犯人ではないかもしれませんが、怪しいので逮捕しました」では許されないことを彼らはよく知っている。彼らは「こいつは犯人だ」と本当に確信しているから逮捕する。しかし、新聞は違うはずだし、これまでも事件報道の在り方が議論になるたびに、各紙は紙面でいわゆる「無罪推定の原則」を尊重することを表明してきている。しかし、やっぱり実際にやっていることとの間には、大きなかい離がある。違和感を感じざるをえない原因はそこにある。

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by news-worker | 2005-12-01 11:22 | メディア