2006年 08月 24日 ( 1 )

 

労働組合は平和のための権利~MIC議案書

 日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)の定期総会が9月30日に開かれ、わたしもMIC議長を退任する。その総会に向けて、議案書原稿を書かなければならない。議長ということで、向こう一年の運動方針の基調はわたしの担当になっている。
 この秋以降、憲法や平和をめぐる情勢はいちだんと厳しさを増す。保坂展人・衆院議員がブログで書いていたが、自民党総裁選を経た後の秋の臨時国会は、教育基本法「改正」と共謀罪が2大テーマになる、つまりは「教育勅語」と「治安維持法」だ、という。その先にあるのは憲法「改正」であり、自衛隊の軍隊化と集団的自衛権行使の解禁だ。先行して、既に在日米軍基地の再編プロセスに日米両政府が合意している。「戦争(をする)社会」への道と、共謀罪=治安立法に代表される「監視社会」への道が表裏一体となって進んでいる。
 もうひとつ、わたしたちの社会で進んでいるのが「格差社会」への道、もう少していねいに言えば「格差が固定化する社会」への道だ。これは経済上の問題として語られることが多く、それも間違ってはいないが、それだけではないと思う。「戦争社会」「監視社会」と密接不可分だと思う。ひとつは、戦場に行って殺し殺され合いをするのはだれか、という問題に直結する。つまり「ろくに働かない、ろくな仕事もないニートやフリーターは、自衛軍に入って国のために死んでこい」という風潮がやがて出てくるのではないか、ということだ。あるいは、格差の固定による貧困層の拡大が社会不安を増幅させ、やがては戦争を招くのではないかということだ。
 こうした情勢の認識は、これまでもこのブログで書いてきた。こういう情勢の中で、今こそ労働組合は自らの役割と責任を自覚しなければならないと思う。とりわけ、情報であれ文化であれ、社会に何かを「表現」することを仕事としているわたしたちの労働組合運動は、より重い役割と責任を負っている。
 労働組合はそれ自体、働く者に固有の団結する権利だ。権利は適切に行使していかなければ権利として輝くことはない。そして今や、この権利をどう広げていくのか、いまだこの権利を手にできないまま、格差の固定化の中に放置されている多くの人々に、どうやってこの権利を広めていくのかが、わたしたち既存の労働組合に問われてもいる。働く者の団結を武器に、働く者の地位と労働条件の向上を獲得するための権利として、労働組合は認められている。ひいては社会不安を招くような貧困をなくすためでもある。突き詰めて言えば、労働組合は平和のための権利だ。
 MICの議案書には、以上のようなことを書こうと考えている。
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by news-worker | 2006-08-24 13:16 | 労働組合