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八戸駅の「菊ずし」

 週明けの月曜日、青森に出張した。東京駅から東北新幹線「はやて」に乗り終点の八戸で在来線特急に乗り換え。八戸駅で買った「菊ずし」が思いがけなくおいしかった。
 青森県八戸市を中心とする「南部地方」特産の食用菊の花びらを甘めの酢飯に混ぜ、ネタを乗せて笹の葉でくるんでいる。ネタは蒸しウニ、イカ、サバ、鮭、ホタテ。中でもしめサバの酢加減は、駅弁では秀逸だ。ボリューム感は今ひとつだが、逆に小腹が減った時には最適。5個入りで1050円。
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by news-worker | 2005-04-27 00:53 | 食日記  

サマワ取材中止

 少し古い話になるが、4月19日付の朝刊各紙はライブドアとフジテレビの和解のニュースを大展開。その陰に、まさに隠れるようにひっそりと「防衛庁が報道各社のサマワ取材を中止」の記事が載った。週末に防衛記者会(防衛庁の記者クラブ)加盟の新聞、通信、放送各社の記者がクウェートから自衛隊機でイラク入りし、サマワの陸自宿営地に滞在して派遣部隊の活動を取材する計画だったが、防衛庁側が「不測の事態を否定できない」として中止を決めた、というのが概要だ。
 イラクへの自衛隊派遣とその報道をめぐっては、昨年1月に先遣隊が現地入りした当初からさまざまな問題があり、結果として、現在はサマワに日本メディアの日本人記者は不在の状態が続いている。そのこと自体が、「知る権利」に奉仕するメディアの怠慢だとして批判も出ている。
 今回、予定されていた取材はいわゆる「従軍方式」に当たる。その是非は、わたしには明快な結論が出せない。取材のあり方としてメリット、デメリットがそれぞれあるからだ。強いて言えば、「従軍方式」であろうと積極的意義を見出したいと考える。
 最大のメリットは取材者の安全を一定程度、確保しながら、曲がりなりにも現地派遣部隊を直接、取材できることだ。その裏返しだが、防衛庁、自衛隊から種々の制約を受け、自由な取材が担保されないことが最大のデメリットになる。
 サマワに自社記者を派遣していない現状で、新聞、通信、放送各社は、イラク人の契約記者からの情報で報道をつないでいる。しかし、その方法では、自衛隊派遣部隊の動向は本当のところは分からない。各メディアとも、東京の防衛庁取材にも力を入れているが、それで本当にイラクの自衛隊派遣部隊の実像に迫れるかというと、限界があるだろう。防衛庁の「大本営発表」に便乗しているだけではないのか、という批判には答えきれない。
 しかし、イラクの現状、すなわち外国人であるというだけで拉致、殺害されかねない実情を考えると、メディアが取材者の安全を自力で100%確保しつつ、サマワで取材を展開することも困難だ。メディア企業の労働組合のスタンスとしても、危険地域で組合員である記者が取材を展開することに対しては、慎重に考えざるを得ない。
 可能ならば、メディアが自衛隊の保護下に入らずに、自由な取材をサマワで展開できればベストだ。しかしそれが叶わない以上、次善の策として、自衛隊の保護下で取材することも致し方ないと思う。イラクへの自衛隊派遣が違憲かどうかを論じることとは異質の話であり、そこに自衛隊がいる限り、日本のメディアは直接取材を第一に考えなければいけないからだ。「従軍方式」でもいい。自衛隊宿営地の様子、サマワ市内の様子を肌で感じるだけも、大本営発表をそのまま報道することに比べればましだ。
 もう一つの問題は、今回の取材中止の経緯がはっきりしていないことだ。そもそも、そうした取材が計画されていたこと自体、中止になって初めて報道された。事前に報道がなかった、あるいは報道できなかったことは、取材者の安全の見地から理解できる。わたしが当事者でも、そうしたと思う。しかし、経験から言えば、陸上自衛隊の制服組の現場は、イラク派遣に関しては一貫して積極広報のスタンスだ。取材中止の背景として、サマワの治安維持に当たるオーストラリア軍が展開の真っ最中の時期と重なる、などの釈明がされているが、陸自の現場とは異なる思惑が、防衛庁背広組ないしは首相官邸になかったかどうか。検証作業の紙面化がなければ、「今回の取材計画は防衛庁当局の情報操作に乗っかっていただけ」との批判に、メディア、報道各社は抗しきれない。
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by news-worker | 2005-04-24 22:31 | メディア  

ソウル出張番外編

 実は人よりも「食」のハードルがかなり低いようだ。大概のものは「うまい、うまい」と食べてしまう。知らされなければ、ペットフードでも目の前に出されれば「うまい」と言って食べてしまうかもしれない。わたしの「食日記」も随時、報告します。
 ソウルは東京と比べ、食費とタクシー代が安い。最近は純日本風のトンカツがブームなのか、目に付いたが、どこも標準的な定食が5000ウォン(日本円で500円の感覚)程度だった。
 さて、今回の出張で食べた料理でおいしかったのは、NUMの人たちに連れて行ってもらった海鮮料理。最初につまみとして出された小さな貝が、磯の香りが強く濃厚なうまみがあった。海鮮鍋は韓国流に真っ赤だったが、タコの歯ごたえがよく、唐辛子もただ辛いだけではなく、舌の奥に甘みが感じられた。
 c0070855_18561522.jpgもっとも、最後はNUM委員長得意の「爆弾酒」(韓国の軍人、検事、新聞記者の間で広まっている酒の飲み方。ビールのグラスに焼酎入りの猪口を沈め一気に飲む)で、味覚もあやふやになってしまったが。
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by news-worker | 2005-04-18 18:47 | 食日記  

日韓のメディア労組交流

15日から17日までソウルに出張した。新聞労連が民放労連や出版労連などメディア関連労組とつくっている日本マスコミ文化情報労組会議(略称MIC)という団体がある。ことし8月、MICが韓国の全国言論労組(略称NUM)と共同で、日本にとっては戦後60年、韓国にとっては解放60年になるのを記念したシンポジウムをソウルで開催するための打ち合わせが用件だった。
NUMは韓国の新聞、放送、出版などの産業で働く人たちの労働組合だが、日本と大きく異なるのは、企業別組合の連合体ではなく、個々人が所属企業の違いを超えて直接、個人として加盟する一つの組合であることだ。所属企業ごとに分会・支部を持つ構成となっている。NUMの委員長は組合員の代表として、個々の企業経営者と直接、交渉することもある。また、新聞の販売適正化のために、NUMとして政党に政策提言をすることもある。日本のメディア労組ではちょっと考えられない。
 興味深いのは、韓国の3大新聞と呼ばれ、保守的な論調と指摘されることが多い東亜日報、中央日報、朝鮮日報の3社の組合員たちが、NUMに参加していない点だ。韓国のマスコミ各社も以前はみな、日本と同じように企業別組合だった。数年前、既存の組織を再編してNUMが発足したが、3大紙の労組は参加せず、今も企業別組合にとどまっている。
 さて、8月のシンポの打ち合わせは順調だった。
 島根県の「竹島(韓国での呼び名は独島)の日条例」制定に直接の端を発する外交紛争にみられるように、日韓の真の和解はいまだに成っていない。その和解に向けて、メディアとジャーナリストが今、何をしなければならないかをテーマにすることで合意した。MICからは「つくる会」教科書の問題や、小泉首相の靖国参拝などの問題を糸口に問題提起したいと提案した。NUMからは、拉致問題などを切り口に、北朝鮮報道の日韓の違いを取り上げたいとの提案があった。MICとNUMの交流は、新聞労連が先鞭をつけたころから数えて10年の交流があり、信頼関係は厚い。実りの多いシンポになると思う。
c0070855_18572340.jpg日韓の和解に向けてメディアが果たす役割は、突き詰めるならば日韓それぞれの市民が何を考えているかを、相互に伝え合うことにあると思う。双方の市民レベルの交流と相互理解が、政治をも動かすのではないか。
 3日間の滞在中、ソウルでも中国での反日デモや領事館、日系商店への襲撃は大きな話題だった。しかし、ソウルでは日本語を話しながら街を歩いていても、反発的な空気は感じなかった。NUMの人たちは「政治レベルは別として、一般市民の間に反日感情が高まることはない」と話していた。政治がどうあれ、真の相互理解は市民の相互理解からであり、メディアが果たす役割は大きい。
(写真はソウル支庁。その後ろのビルがNUM事務局がある韓国プレスセンター)
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by news-worker | 2005-04-18 17:10 | メディア  

学生が感じた“社風”

 新聞労連の集会や行事を手伝ってくれた学生たちの作文をゼミ形式で添削している。先週の土曜日の午後、3回目のゼミを開いた。大手マスコミは入社選考シーズンまっさかり。学生たちも必死だが、面接などを通じた彼らなりの各社評価がおもしろかった。
 ある大手新聞社は尊大。面接日時の連絡の電話でも、一方的に用件を告げ、こっちの都合など聞こうともしない。筆記試験では、監督係の社員が携帯電話でメールを打っていたという。
 この新聞のライバルを自認する別の大手新聞社は、面接担当者がやたらに恐い。最後に「質問があれば何でも聞いて」と言うので、学生が「最近、新聞記者のブログが増えていますが、御社は自社の記者が社外で意思表示することにどう対応しますか」と聞いたところ、まず、この担当者は「ブログ? なに、それ」「『ガ島通信』? 知らないなあ」。概要を学生が説明すると「我が社としては、社外で記者が意思表示することは認めないでしょう」との答えだったという。
 政治との距離が問われている公共放送は、意外だが評判がいい。応対がとてもていねいで、「ここで働きたい」と思わせる雰囲気があるという。
 “教え子”のうち、「最終選考に残りました」と嬉しい報告をしてきた学生もいる。作文ゼミでは、新聞のいいところ、悪いところ、記者の働き方、すべてを話した。それでも皆、新聞記者をやりがいのある仕事と感じている。共通しているのは、隠れている問題を自らの手で掘り起こし、社会に届けたい、という思いだ。彼らの「熱さ」に触れて、わたし自身、あらためて初心を思い起こしている。彼らの健闘を願っている。
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by news-worker | 2005-04-13 11:45 | メディア  

エイプリルフール

ちょっと古い話題だが、新聞労連もエイプリルフールをやった。組合員向けのメールマガジン「番外編」に配信した。われながらうまくできたと気に入っているのだが、いかがですか。

§イラク駐留各国軍に労組結成の動き
   「有志連合労連」構想に発展か

 イラクに駐留する米英など各国軍部隊の間に、労働組合結成の動きが高まっていることが4月1日、明らかになった。著名なフリージャーナリストのダイ・ライヤー記者が信頼できる軍事筋情報として伝えている。それによると、労組結成にもっとも熱意を持っているのは米軍の兵士たちで、イラク戦争とその後の占領に根本的な疑問を持ち、「早期の占領終結」と「自分たちの早期帰国」「米軍の解体・国際救助隊への転換」を当面の重点要求3項目として掲げる方向とされる。英軍や豪州軍、韓国軍にも既にオルグが始まっているもようで、「有志連合労連」構想も浮上するとみられる。南部サマワの自衛隊派遣部隊は宿営地に閉じこもっているため、この動きに呼応するかどうか不明とされる。

 美浦克教・新聞労連委員長の話 事実とすれば画期的なことだ。自衛隊や警察など権力組織に働く者こそ「個人」が尊重されなければならない。一人ひとりは弱い立場でも、団結して大きな力にしていくのが労働組合だ。どこの国の部隊であれ、支援要請があれば新聞労連としても全面的に協力していきたい。
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by news-worker | 2005-04-07 11:44 | 労働組合  

新入組合員との会話

 出身元の労働組合から声が掛かり、新入組合員歓迎パーティーに顔を出した。新人の1人と話したときのこと。「組合のハチマキ締めてみる?」「いや、そういうのだめなんです」。「腕章もあるよ」「いや、だめなんです。赤い旗も」。年代を問わず、昔ながらの労組スタイルが組合員に敬遠されているのは、どこの労組でも変わりないだろう。「どんな格好だったら『参加してもいい』と思うのかな」「いや、上から命令とか指示とか、動員されるのは嫌なんです。組合費払うのはいいんですけど。命令は嫌なんです」。「でも、仕事では上から命令や指示が来るよ。『夜回りしろ』とか『張り込みやれ』とか」「あ、そういうのは大丈夫です。ちゃんとやりますから」。
 正直に言って、少なからず驚いてしまった。彼が言ったことというのは、業務は指揮系統の指示に従う、つまり会社の言うことはきくが、労働組合はその限りではないということだ。わたしが驚いたのは、労働組合云々というよりも、彼が「会社」には従順に従うという姿勢をあまりにも屈託なく示したことだ。
 わたしだって20数年前の新人時代を振り返れば、最初から労組委員長を目指していたわけじゃない。「特ダネを書きたい」とか「敏腕記者と呼ばれたい」とか、ささやかな野望はあった。今から思えば、会社に認められたいということだったのだが、それでも当時は自分なりに反骨精神を持っているつもりだった。就職したばかりのわたしの頭の中では、「新聞記者=反骨、反権力」の図式があり、反骨精神が向けられるべき対象は会社も例外ではないと考えていた。会社や上司に従順であるという姿勢を人前で示すのは恥ずかしいことだと、漠然とながら思っていた。周囲の同期入社の記者や、配属先で一緒だった他社の同年次の記者たちも同じだったと思う。
 「時代は変わった」と小さくまとめるつもりはないし、「じゃあ20何年たって、おまえは新聞記者として何をしてきたか」と問われれば、非常に心もとない。しかし、新聞のジャーナリズムが新聞社という組織の問題を抜きにしては論じられない現状に鑑みれば、前述の新人君の言葉には少なからず不安を覚える(もしかしたら、仕事は一生懸命にやりたいということを言いたかっただけなのかもしれないが)。
 新聞と新聞記者について考えていることは、おいおい書いていきたいが、まずは先輩たちが実際に言動を示すことが必要と思う。とりわけ、わたしたちデスク世代に。なぜならば、わたしたちはまだ現場に軸足を残しているし、上の人たちが何を考え、やっているかも見えている。30代や50代とは違う責任が、わたしたち40代にはあると考えている。
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by news-worker | 2005-04-06 12:38 | メディア  

なぜブログ?

 しばらく前からブログをやってみようと思っていた。労働組合や職場で今のメディア事情を考えたとき、一人ひとりの記者があまりにも企業ごとの縦割り意識に縛られていると感じていた。わたし自身も含めてだ。
 例えばメディアスクラムの問題がある。事件事故の被害者取材は、だれだって気が重いし、やりたくない。しかし「A社がやってるのになぜウチは取材しないのだ」という議論には、組織の論理ではなかなか反論しにくい。メディアスクラムは以前に比べると、随分と改善されたことは事実だが、そうした取材が相当な社会的な批判を浴びてやっと、というのが真相だろう。1社だけ、1つのメディアだけが独自の判断で独自の行動に出るのはまだまだ難しい。
 もっと記者が「個」を取り戻せないものか。「この取材はおかしい」あるいは逆に「こうしたことを書くべきだ」と、どうやったら記者個々人が自由に発言できるか。そのことを考える上で、個人が直接、社会や市民と向き合うブログは大きな可能性を持っていると思う。
 ましてや労働組合は本来、企業内にあっても企業とは独立の組織として、組合員一人ひとりの自由な発言を担保する後ろ支えでなければならない。企業のしがらみから解放されているはずの労組専従の身である自分にとって、インターネットという公共空間で直接、自分自身の責任でメディアやジャーナリズムについて発言することは、なかば義務でもあると感じている。
 現役の新聞人のブログは、北海道新聞の高田昌幸さんらが既に実名で精力的な活動をなさっている。また、先ごろ地方紙を退職された藤代裕之さんの「ガ島通信」にもこれまで、いろいろなことを考えさせられてきた。わたしはお二人と新聞労連の活動を通じて直接お会いし、大きな刺激を受けてきた。遅ればせながら、わたしも参加したい。
 このブログから発信するのはあくまでもわたし個人の見解だが、同時に労働組合委員長であり、休職中とはいえ企業人でもある。おのずから限界はあるだろうが、ささやかでも、メディア、中でも新聞の未来を探るわたし自身のチャレンジと位置付けたい。皆さん、よろしくお願いします。
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by news-worker | 2005-04-04 17:33 | メディア