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氷見の岩ガキ

 民放労連の定期大会に来賓あいさつに呼ばれ、29日に富山に来た。妻同伴で、そのまま短い夏休み(もちろん経費は自己負担)。今日(30日)は氷見へ行き、磯料理屋でうまい魚を堪能した。特筆ものは岩ガキ。夏が旬とは聞いていたが、今まで執着はなかった。しかし、食べてみてびっくり。野趣に富んだ濃厚な味と言えばいいだろうか。冬場の養殖カキが、ひ弱に感じられてしまうような気がする。大きさにも驚いた。焼きカキにした一粒などは、貝柱だけでも直径2センチくらいあって、下手なホタテよりもかみ応えがある。ほかにも刺身、煮魚、焼き魚に地酒「獅子の舞」の冷酒と、どれをとってもうまかった。
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by news-worker | 2005-07-30 18:18 | 食日記  

あと1年

 26、27の両日開かれた新聞労連の第106回定期大会で委員長に再任された。早いもので任期も折り返し点。これからの1年は、時間の流れをさらに早く感じるだろう。「少年老い易く学成りがたし」。そんな言葉が頭に浮かんだりする。
 これから1年の運動方針のメインスローガンは「新聞を守り平和と民主主義を守ろう」とした。労働組合は何のためにあるのか、とりわけ新聞産業の労組は。そのことを考え続けてきたわたしなりのキーワードが「新聞の強さ」「強い新聞」だ。どんな圧力、弾圧にも屈せず書くべきことを書き、伝えるべきことを伝える、そしてそのジャーナリズムが社会に確実に届くこと。それが新聞に求められる「強さ」だろう。
 その「強さ」を守るためにこそ、わたしたちは自らの生活を守り、いのちと健康を守らなければならない。なぜなら、新聞を発行しているのは「新聞社」という企業かもしれないが、日々、新聞をつくり、社会に届けているのはわたしたち一人ひとりだからだ。
 産業としての新聞の未来は厳しい。部数は増えず、広告も将来展望が持てない。その中で合理化、人減らしだけが進み、職場は疲弊している。経営者たちが守ろうとしているのは「新聞」ではなく「会社」ではないのか。そうした経営者たちへの対抗軸を打ち出さなければならない。そのキーワードが「強い新聞」「新聞の強さ」ではないかと考えている。
 あと1年。一歩でも二歩でも、前へ。
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by news-worker | 2005-07-27 19:44 | 労働組合  

労働運動と報道

 大阪でのJR脱線事故シンポでは、開会までの空き時間や終了後の交流会で、国労の方々とも色々と話ができた。印象に残ったのは、メディアの勉強不足だ。
 事故ではJR西日本の労務政策も焦点になっている。会社の利益追求方針に唯々諾々としていた労組側のスタンスも、事故の背景事情として取材・報道テーマになった。JR西日本社内には4つの労組がある。それぞれに歴史的経緯があるのだが、国労の方から聞かされたのは、取材者の側にその経緯の知識がまったくない、と思われるケースが多々あったという話だった。
 JR各社の労組分裂の状況は、旧国鉄時代にさかのぼる。分割民営化のひとつの目的は、JR新会社への再雇用を契機として、労使対決路線を取る国労などを弱体化させることにあったのは明白だ。いまだに解決していない国労組合員1040人余りの採用差別問題がその象徴だろう。しかし、その採用差別問題すら、メディアの取材現場では十分に理解されていないのが実情だろう。無理もないかもしれない。もう20年近く前のことなのだから。
 だが、そうした経緯の一つひとつを理解していないと、JR西日本がなぜ、極端な利益追求路線をひた走ったか、正確な理解もできないだろう。ことはJRだけの問題ではない。今のメディアの中で、「労働運動」「雇用」のニュースバリューはどんどん低下しているように思われてならない。記者の配置も、(新聞なら)紙面のスペースもだ。
 労働組合は憲法で保障された「権利」であり、一人ひとりでは弱い立場に置かれている労働者に、「団結」によって使用者と対等の立場を保障するものだ。今、自分自身が労働運動に身を置いていて、そのことをどれだけの記者(新聞であれテレビであれ)が理解できているかと、疑問にかられることがある。
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by news-worker | 2005-07-24 20:47 | 労働組合  

JR事故シンポ

 尼崎の電車脱線事故をテーマに22日に大阪で開かれたシンポは、市民を含め約450人が入場し盛況だった。
 わたしもパネラーの一人として参加したパネルディスカッションでは、柳田邦男さんが「事故が起きるか起きないか、の二者択一の発想ではなく、事故が起きたときにどれだけ犠牲、被害を少なくできるか、との発想も必要」と指摘したことが印象に残った。鉄道経営を研究している日大商学部の桜井徹教授は、英国でもドイツでも鉄道が民営化された後に大事故が起きたことと、今回のJR西日本の事故とに共通点があるのかないのかが、今後の研究のテーマだと話した。なるほど。
 国鉄分割民営化により発足したJR西日本が、利益最優先の経営体質になっていたこと、すっかり有名になった「日勤教育」に代表されるいびつな労務政策があったことなどが、既に繰り返し指摘されている。シンポでわたしが話したのは、政財界が「JR発足は華々しい成功例である」とほめたたえていた「規制緩和」の「そもそも論」だ。
 規制緩和の本質は「競争原理」の推進にある。競争原理とは、とにかく事業者同士が競争すれば、経営は合理化され商品やサービスも向上し(質は上がり価格は下がる)、社会・経済が活性化するとの考え方だ。規制緩和によって新規参入が可能になり、新しいビジネス・チャンスも広がる。競争の敗者は退場するしかない(つまり倒産する)が、新しいビジネスが雇用を吸収するからみんなが幸せ、とかつては喧伝されていた。
 しかし、実際に起きていることは何だろうか。企業(事業者)は一度、競争を始めたら走り続けるしかない。足を止めたら最後、そのとたんに倒れるしかないのだから。しかし、商品やサービスは値上げできない。価格を維持しようとすればサービスを向上しなければならないし、それができないなら価格を下げるしかない。つまり「減収増益」を図って生き残るしかない。他社との競争が続く限り、コストカットも続くことになる。
 結果として、人員削減と人件費の抑制が果てしなく続き、長時間過密労働が激化して過労死、過労うつ自殺が増えることになる。「敗者」はどうだろう。再就職しようにも、どの企業も人員削減に躍起だから、そうそう希望通りの仕事もない。規制緩和で成長した人材派遣会社に派遣社員として登録するしかなく、労働条件はいよいよ下がることになる。「勝者」だって、勝者の地位にとどまれるわけではない。ダイエーがいい例だ。今日の「勝者」もあすは「敗者」、それが競争原理だ。
 わたしがシンポで言いたかったのは、企業倒産の増大も自殺者の激増も、実は規制緩和の当然の帰結と言えること。結果論として言っているのではない。10年も前から警告もあったのに、広範な国民的議論にならなかった。そして、その意味では、荒廃した職場で疲れ果て、過労死するサラリーマンも、JR西日本の事故で亡くなった乗客も、もちろん運転士も、異なる「死」にように見えて、実はつながっているのではないか、ということだ。
 そもそも規制緩和には、本当の意味での消費者の「自己責任」が浸透していること、企業の側では不祥事など企業経営に不都合な情報ほど開示されることが絶対の前提条件だ。新規参入、新規ビジネスが登場するということは、消費者の選択肢が広がるということだ。何を選ぶかは自分が責任を負わねばならない。だから企業はメリットもデメリットも開示しなければならないし、製造者責任(PL)も負う。こうした前提条件が今は崩れ去っている。
 さらに、通勤通学の足としての鉄道は、実は消費者にとってそんなに選択の幅はない。阪急か阪神か、JR西日本か、それを選ぶのは乗客の「自己責任」であるはずがない。公共交通機関は、利益追求ではなく安全追求でなくてはならない。そこでは「官」の指導監督は当然のことだ。
 わたしはJR西日本の経営体質を問題にするだけでは、再発防止は期待できないと思う。こうした現在の社会経済の状況そのものを考え直す、その広範な国民的議論が必要だ。JR西日本の固有の問題という発想だけでは、仮にJR西日本が改善されたとしても、今度は飛行機が落ちるだろう。JALもANAもゴールのないトラックをひた走っているのだから。そのためにジャーナリズムが果たさなければならない役割と責任は大きい。尼崎の事故で言えば、経済部でも社会部でもいいから、国鉄の分割民営化を問い直す検証が必要だ。
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by news-worker | 2005-07-23 22:39 | 社会経済  

JR事故と規制緩和

 共同通信の後輩の紹介で、国労西日本本部などが今月22日(金)に大阪で開くシンポジウムに出演する。4月に尼崎市のJR福知山線で起きた脱線事故を題材に、JRの安全を考える企画で、わたしに与えられたテーマは「規制緩和問題を考える」。パネラーはほかに「巨大技術と事故ならこの人」と言ってもいい柳田邦男さんら。「自分ごときが」と思わないではなかったが、何がしか、わたしなりに話せることもあるかと思って引き受けることにした。
 わたしが話そうと考えているのは、1990年代半ばに社会部で公正取引委員会を担当していた際の取材経験をもとにした規制緩和への疑問だ。規制緩和の本質は、規制を緩和・撤廃して新たなビジネスチャンスを作り、新規参入を促して競争状態を作り出すことにある。競争があれば企業努力が生まれ、商品やサービスの価格も下がって消費者利益につながる、という理屈だ。公取委担当の当時は、それこそ「猫も杓子も規制緩和」という雰囲気だった。公取委の役人から聞かされた分かりやすい例え話が「輸入牛肉と大手スーパー」。輸入牛肉は登場当初は独特のにおいがきつく、和牛に慣れた日本人には食べられたものではなかった。しかし、大手スーパーが競争の中で、米国の自社牧場で改良を重ねた結果、今ではすき焼きでもしゃぶしゃぶにしてもいいくらい、味が良くなった。大手スーパー同士の競争があったからこそ、という話だった。もちろん、BSEが問題になる前の話だったが。
 しかし、規制緩和全盛の時代の雰囲気の中でも、評論家内橋克人さん(「規制緩和という悪夢」)に代表されるように、警告はあった。特に公共部門で際限のない競争が始まると、安全が軽視され、結局は消費者(利用者)利益が損なわれるとの批判は、当時から根強くあった。問題は、批判はあったが国民的議論に高まることはなく、社会では少数意見としてかき消されたことだと思う。当時の大手メディアのジャーナリズムは、規制緩和でこんなに良くなった、という事例は大きく取り上げたけれども、規制緩和に批判的な意見には、相対的に冷淡なスタンスだった。
 競争は敗者を生む。企業倒産や失業、自殺者の増大も、ある意味では10年前から決まっていた必然的な流れだ。今の小泉政治では「構造改革」と呼んでいるけれども、この流れが続く限り、JR福知山線のような事故だってまた起こるだろう。JALのトラブル続きも、そうした流れの中で見ていけば、大きな状況がみえてくる。必要なのは「このままでいいのか」という広範な議論であり、そこでメディアが果たす役割は極めて大きい。シンポではそんなことを話そうかと考えている。
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by news-worker | 2005-07-18 10:30 | 社会経済  

鶏飯

 先日の奄美大島出張で買ってきた「鶏飯(けいはん)」セットを自宅で作ってみた。箱に入っていたのはレトルトパックの地鶏スープと真空パックの具。具の方は、真空パックでは何だからと、鶏肉は新たに自分で蒸し鶏を作って細かく割き、錦糸卵も自分で作った。ご飯に鶏肉、錦糸卵、シイタケの煮付け、ねぎ、ノリなどを好みで乗せ、あたためたスープをかけて食べる。お茶漬けの感覚。レトルトでもスープは思った以上においしかった。鶏スープをうまく作れば、一からでも家で作れそう。これも奄美土産の黒糖焼酎をカツオの刺身で楽しんだ後の食事だったが、奄美の人たちは飲んだ後というより「二日酔いのときにいいですよ」と言っていた。お奨めです。
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by news-worker | 2005-07-11 00:06 | 食日記  

安住の後に来るもの

 7-8日と新聞労連九州地連の行事「サマーフェスタ」に参加して奄美大島に出張。8日は鹿児島経由で羽田、そのまま1泊2日で新聞労連関東地連の定期大会に出席するため、群馬県・伊香保温泉に。それぞれに加盟組合の皆さんと色々とお話ができて、充実した3日間だった(奄美名物の「鶏飯=ケイハンと読む」はとてもおいしかった)。
 奄美には、定年退職された九州各地のOBの方々も参加しており、労働組合運動の貴重な経験談や教訓を聞かせていただいた。そのうちのひとつ。「権利は勝ち取るもの。実際にわたしたちは、労働組合活動を通じて様々な権利を勝ち取ってきた。しかし、その後には、勝ち取った権利への安住がある。安住が続くと、その後に何が来るか。それが怖い」。新聞産業に限らず、今の労働組合のあり方の根幹にかかわる指摘だと思った。
 〝正社員〟という働き方の場合、入社すると当たり前のように組合があって、当たり前のように加入する。賃金も諸制度も当たり前のように整備されていて、それでもなお、わたしたちは「労働条件の向上が必要だ」とブーブー言っている。しかし、一方で同じ会社の中で働いていても、それ自体が働く者の正当な権利である「労働組合」に守られていない人たちがいることを、わたしたちはどれほど自覚できているだろうか。有期契約やアルバイト、パート、派遣など〝非正社員〟の人たちのことだ。
 正社員に伍して働いていても、賃金、労働条件は低劣なまま。わたしたちにとっては「当たり前」の労働組合がなく、作ろうとすれば、会社が何だかんだと理屈を付けて解雇してしまう。結局のところ、どんなに不満があっても「仕事があるだけマシ」として黙って従うしかない。
 そういう人たちが隣にいるのに、〝正社員である〟組合員の利益だけを議論していないか。労働組合があること自体を含めて、先輩たちが勝ち取ってきた権利への〝安住〟がないだろうか。
 かつては〝非正社員〟という働き方が一般的ではなかった。だから、労働組合は「正社員」で構成することを前提にしていた。労働組合が正社員で構成されなければならない必然性も、会社ごとに組織されなければならない必然性も、実はまったくない。
 「安住の後に何が来るか」。OBの話をうかがいながら、「直面するのはわたしたち自身だ」と思った。
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by news-worker | 2005-07-09 18:55 | 労働組合  

重い気分

 4日(月)の夜、「公開シンポジウム・おかしいぞ!警察・検察・裁判所Ⅱ」にパネラーの1人として出演した。主催元で、新聞労連の活動でもお世話になっている篠田博之さんからの依頼だった。2日経ったが、今も少々、重い気分を引きずっている。
 シンポの第1部は、自衛隊官舎へのビラまきで逮捕された「立川テント村」メンバーら、公安警察の狙い撃ち捜査で逮捕された方々の報告、第2部がわたしも参加したパネルディスカッションで、テーマはこうした不当捜査や捜査機関の不正を、なぜメディアが追及できないか、だった。パネラーはほかに「週刊金曜日」の北村肇さん、「人権と報道・連絡会」の山口正紀さん、北海道警の裏金追及報道で知られる北海道新聞・前道警キャップの佐藤一さんら。
 わたしの役どころは、動こうとしない大手メディアの代表、というところか。紹介された肩書きは「共同通信社会部記者で新聞労連委員長」だった。「キレイごとばかりじゃ済まない」と分かってはいたが、他のパネラーがポンポンと発言する中で、わたしの歯切れの悪さは目立ったに違いない。
 まず各パネラーが問題提起として10分ずつ発言。わたしは①今は新聞社が「普通の会社」になりつつあり、経営姿勢が利益追求のみで、組織の中にジャーナリズムの議論がなくなっている②現場でも「何を書くべきか」「何を書いていないか」といった議論がなく、習い性のように従来型の報道が繰り返されている③その結果、多忙さもあいまって、個人として問題意識を持っている記者がますます声を上げにくくなっている-と話し、「それでも、わたし自身、職場ではデスクのひとりだが、現場から上がってきた原稿をボツにするまでは堕落していない。警察におもねって取材・報道をボツにしているわけではない。不正を事実としてつかんだなら、出稿、報道する。ただ、その取材の第一歩が現場でなかなか始まらない」と話した。また、警察裏金問題で道新や高知新聞、愛媛新聞などが実績を上げているのは、現場主導の問題提起があったからであり、それができない在京の大手メディアと比べるなら、読者・市民と記者との間の距離感が大きな要因かもしれない、とのわたしなりの考えも述べた。
 しかし、こうしたわたしの発言は、やはり「大手メディアに身を置く人間の身勝手さ」としか受け取ってもらえなかったのかもしれない。会場には、警察の不正を内部告発した警察官や関係者、一水会の鈴木邦夫氏ら日常的に公安・捜査当局と緊張関係を持っている人たちもいて、順に発言していったのだが、いわゆる「ロス疑惑」の三浦和義氏からは「美浦さんは『メディアはそこまで堕落していない』と言われるが、わたしの事件が無罪で決着した後も、ただの一社も謝罪がない。わたしの事件は20年前に(報道が)始まったが、その後もメディアは冤罪づくりに加担し続けている。わたしはメディアに絶望している」との痛切な一言があった。
 そうなのだ。まったく、その通りなのだ。犯罪報道が以前に比べれば改善されたのは事実だ。だが、それはメディアの内部事情でしかない。市民から見れば、依然としてメディアは人権侵害を続けていることに変わりはない。だから、現状をどう変えていくのか、今何が必要なのか、ということも話したかった。
 しかし、パネルディスカッションの全体を通じて、議論はいかに大手メディアの記者がだらしないか、権力に弱いか、ということが中心だった。気分が重かった。最後に、山口正紀さんが、新聞労連の若手記者研修活動(山口さんには長年にわたって事務局を支援していただいている)を例に「それでも若い記者たちの中には、志を持ってがんばっている記者がいる。彼らを応援していきたい」と引き取ってくれたのが、慰めになった。
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by news-worker | 2005-07-06 09:32 | メディア  

ちょっとスリムに?

 ようやく熱が引いた。かれこれ1週間、寝込んでいた。体重を量ったら2キロ以上、減っている。
 医者の見立ては風邪。思えば、体力を過信していたかもしれない。5月の連休明け以降、2日しか休んでいなかった。疲れが溜まり体力が落ちていた分、体は敏感に反応した。首筋のリンパ腺がまず腫れ、次いで発熱。最後にのどが激しく痛くなった。ふだんなら何ということもなかっただろう。
 明日からは通常ペースに復帰。今月は月末に定期大会を控えている。よほど波乱がない限り、任期2年目に入る。まずは休日を確保し、任期をまっとうできるよう健康管理を万全にしていきたい。
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by news-worker | 2005-07-04 00:19 | 身辺雑事  

労働組合の役薦・役選

 まだ熱は引かないのだが、昨日は欠席するわけに行かない重要会議があったので、熱に浮かされた頭のまま、書記局に出勤した。
 重要会議とは、役薦がテーマ。「役薦=役員推薦」、場合によっては「役選=役員選考」のことで、平たく言えば労働組合の委員長や書記長など、役員の人事問題ということになる。
 新聞労連の専従役員は現在、委員長、書記長、副委員長が東京の書記局に1人ずつ、大阪に副委員長が1人の計4人態勢となっている。任期は在京組が2年、大阪は1年。これは、産別労働組合としてはかなり珍しいと思う。どこの産別でも委員長、書記長クラスは、企業籍を切ったいわゆる「プロ専」の活動家が5年、10年と務めることが多い。しかし、新聞労連は律義に、2年ごとに交代している。
 律義に2年ごとに交代、といっても、なかなか容易ではない。かつては委員長、書記長は在京の大手紙労組を中心にローテーションを組んだが、新聞社の合理化による組合員数の減少、職場の繁忙度の激化などから、今やどこの在京労組も、おいそれと職場に欠員が生じる専従者選出を引き受けるわけには行かなくなっている。地方紙労組からも、積極的な人材登用を求めなければ間に合わなくなっている。
 今や、新聞労連にとって役薦活動は年間を通じた重要活動のひとつになり、そこに割かれるエネルギーもバカにならないが、それでもメリットのひとつは、決して「ボス支配」の構造にはならないことだ。「プロ専」が長くポストを独占しているケースでは、そういうことも起こりうる。ものごとが決まるのはボスの一声。決して職場からの議論の積み重ねではない。新聞労連の良さのひとつは、決してそんな風にはならない、なりえないことだ。
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by news-worker | 2005-07-02 08:01 | 労働組合