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5%減量

 今日は朝から人間ドック。懸案の体重が1年間で5%減になり、肝機能その他の数値も改善された。今のところ健康に不安材料はなさそうで、ひとまずは安心。課題はさらなる減量。
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by news-worker | 2005-09-29 20:14 | 身辺雑事  

成果主義

 27-28日の2日間、神戸に出張。地方紙労組を中心につくっている拡大新幹線共闘会議(新幹線沿線の京都新聞や神戸新聞、山陽新聞、中国新聞の各労組が結成したことに由来する)の討論集会に参加した。
 テーマは「成果主義」。「内側から見た富士通-『成果主義』の崩壊」の著者城繁幸さんの講演が興味深かった。大胆にポイントをまとめると①日本型の年功序列の評価システムのメリットは大きいが、組織の「安定した成長」が大前提で、グローバル化、IT化の今日では多くの企業はもはや限界②成果主義が理論通りに機能しないのは、成果主義の主役が管理職であることが徹底されず、年功序列のままマネージメント能力がない管理職が手付かずのため③日本企業の長所であるチームワークを生かすなど、日本型成果主義にも可能性は残っている-ということになるだろうか。
 特に②に関連しては、目標設定ができない管理職に対する対応いかんによって、成果主義の成否は8割がた決まるという。成果主義が成功している企業では、例外なく管理職を対象にした組織の大幅な見直しを行っている。逆に、成果主義導入の本音が社員の賃金抑制である場合、その本音の目的は達成されるから、能力不足の管理職はそのままにされている。結果、上司は年功序列のままの処遇なのに、部下に一方的に成果主義が適用され、評価システムが崩壊してしまう。
 成果主義の主役という意味での「管理職」とは、自らが厳しい評価にさらされている中で、部下に役割を配分し、モチベーションを高め、結果を出すサポートをできるか、そのマネージメント能力が問題になるという。「名選手は必ずしも名監督ではない」というわけだ。「部下は支配するもの」という感覚は論外だ。一方、そのマネージメント能力がない管理職は無用の長物かというと、長年の仕事のノウハウ、人脈の蓄積などを活用できる専門職的な処遇を用意すれば、立派な戦力になる。ただし、絶対にライン職制に付けてはいけない。つまり複線的なキャリアパスが必要ということだ。
 新聞産業でも、人事考課が昇給や昇格・昇進にリンクする成果主義型の人事賃金体系が大流行している。多くの場合、人件費の抑制が経営者たちの本音であるのは明らかだ。城さんの話に即して言えば、だから新聞産業では管理職制度の抜本的な見直しがない、ということになる。マネージメント能力を持つ人材を見出し、管理職に配置する人事システムになっていない。複線的なキャリアパスもごく限られている。ジャーナリズム産業としての新聞社に査定がなじむのか、という古くからの命題とも関連しているかもしれないが、このあたりの考察は別の機会に。
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by news-worker | 2005-09-28 23:34 | 社会経済  

京都「ひさご」の親子丼

c0070855_231115.jpg せっかくの連休。八丈島は断念したが久々のまとまった休みなので、急きょ、京都へ1泊旅行に。浮世のもろもろを忘れて、しばし悠久の時間に浸り、寺めぐりを楽しんだ。
 今日の昼食は八坂神社近くの「ひさご」の親子丼。本業は蕎麦屋のはずだが、どんぶり業界では古くからの有名店。見ていると客の8割以上は親子丼を注文していた。ふんわりトロトロにとじられた卵は、薄口ながら味付けもしっかりしていておいしい。玉ねぎではなく九条ねぎを使うのも京都らしい。ふりかけられた粉山椒がアクセント。
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by news-worker | 2005-09-25 23:03 | 食日記  

台風17号

c0070855_1110591.jpg この週末は久々の連続休日。ちょっと遅いけど夏休みと思って八丈島旅行を計画していたら、台風17号が接近。明日は八丈島は暴風雨というのでキャンセルした。八丈島独特の島寿司や焼酎、くさやを楽しみにしていたのだが残念。
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by news-worker | 2005-09-23 11:15 | 身辺雑事  

朝日新聞の虚偽メモ検証記事

 いささか古い話になるが、朝日新聞が長野総局記者の虚偽メモ問題の社内検証を15日付朝刊で3ページにわたり掲載した。
 問題は大きく2つに分かれる。長野総局記者がなぜ取材していないのに取材したかのようなメモを作成したのか。もう一つは、メモを基に政治部が作成し、誤報となった記事が、なぜ社内で止められなかったかだ。検証結果として朝日の記事は、社内の連絡、声がけが不十分だったことを挙げている。
 長野総局に政治部から寄せられた取材依頼のメールは「田中康夫知事と亀井静香氏が長野県内で会ったとの情報がある。関連情報があればよろしく」との程度の内容だった。総局長からメールを転送された記者は、ある程度、政治部で裏付けが取れた情報ではないかと思っていたという。だから、総局長から「あれどうなった」と聞かれ、あまり深く考えずに(わたしはそういう印象を受けたのだが)メモをつくった。
 「特ダネだ」というわけでもない。「自分はこれだけ仕事ができる」とアピールしたかったわけでもない。日常的な目の前の雑事を一つ片付ける、という感覚だったのか。
 一方で、メモを受け取った政治部の側からすると、「やはり情報は正確だった」と考えても仕方がない。まさか、でっち上げメモが上がってくるとは考えもしないのが普通だからだ。
 検証記事は事実経過や総局記者の心情については詳しい。しかし、なぜ組織の風通しが悪いのかについては歯切れが悪い、という印象を受けた。本当は、記者が日常的に置かれている勤務の実態まで読者に理解してもらった上でないと、説明は難しい。
 検証記事では、総局の泊まり勤務者は午後5時までに総局に入り、出稿記事の校閲などをやることになっているとして、朝日社内の合理化の一端に触れている。恐らく読者は、記者は外に出て取材するのが仕事、というイメージを持っているだろう。しかし、特に地方の支社、総局、支局では記者も色々な仕事をこなす。少人数の職場ほどそうだ。
 地方紙も含め、新聞社も全国どこでも人員削減と長時間過密労働が進んでいる。世間と変わりがない。だからそれを免罪符にするつもりは毛頭ない。しかし、そうした勤務実態までリアルに開示しないと、読者の「なぜ」には答えきれないのではないか。そういう意味で、今回の問題は広く「新聞の信頼」という観点からみたとき、朝日新聞だけの問題にとどまらない要素をはらんでいると思う。
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by news-worker | 2005-09-21 10:41 | メディア  

自民圧勝 その4

 衆院選でメディアの報道ぶりはどうだったか、と自問してみる。
 選挙戦で小泉首相が何を言い、対して民主党の岡田党首、あるいは野党各党が何を主張したか、という点からみれば、新聞、放送各メディアともよく伝えていたと思う。しかし、小泉首相は郵政民営化しか口にしなかった。「改革」は訴えていたけれども、例えば自民党が政権公約の中に明記している新憲法制定には触れなかった。自民党は新憲法草案づくりの中で「憲法は国のあり方の基本を示すもの」と位置づけている。小泉首相は「国のあり方」としての「改革」を唱えていたはずだが、新憲法を制定して目指す「国のあり方」とどうかかわってくるのか、分からないままだ。共産、社民両党は護憲を懸命に訴えたが、小泉首相が憲法問題を避けたことによって、憲法は争点にならなかった。
 報道の側面からみると、小泉首相とその主張を軸に、対する野党各党がどう反論しているか、という点ではよく情報を伝えていたのではないかと思う。メディアが自ら掲げる「公正中立」「客観報道」は守られたとみることも可能だ。しかし、このスタンスによって報道の内容は圧倒的に「郵政民営化の是非」「『改革』の是非」が占めることとなってしまった。新聞各紙は社説で憲法も争点として議論されるべきだ、と主張したが、いわゆるストレートニュースとしては大きな記事にはならなかった。
 今回の選挙は、だれもが望まなかったと言われる小泉首相の衆院解散が始まりだから、小泉首相が中心になり、報道も首相の主張・動向に重点が置かれるのは当然かもしれない。結果として、争点になったのは首相が口にした郵政民営化のみで、それ以外は、この「改革」路線の経緯の検証も含めて争点に浮上しなかった。それは社会にとって不幸なことだというのが、わたしの考えだ。
 では、メディアに何ができるか。争点を掘り起こす報道は、新聞各紙はそれなりに工夫していたと思う。ふだんから定期的に実施している世論調査結果の蓄積などを踏まえ、報道を組み立てていくことは可能だ。そうした報道はあったのだが、まだ足りないのか、そもそも無駄なことなのか。実は問題点が整理できていないのだが、「公正中立」「客観報道」を検証する必要があると考えている。
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by news-worker | 2005-09-19 09:14 | 社会経済  

博多うどん

c0070855_21355261.jpg 17-18日は福岡市に出張。博多といえばラーメンと辛し明太子ばかりが有名になってしまったが、実はうどんもおいしい。いりこでだしを取り、しょう油は控え目。同じ薄口でも大阪や四国とも異なる。めんが柔らかいのが特徴。市内においしい店もあるのだが、今回は時間がなく、帰京前に福岡空港内のうどん屋で、ごぼう天うどんといなりずし2個を朝昼兼用で食べた。故郷の味はしみじみとおいしい。
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by news-worker | 2005-09-18 21:38 | 食日記  

越前そばとソースかつ丼

c0070855_7272557.jpg 15-16日は新聞労連北信越地連の定期大会で福井県に出張。越前名物二つの取り合わせを食べた。右のどんぶりの「越前そば」は、だし汁をかけて大根おろし、かつお節で食べる。福井支局OBの先輩によると「二日酔い気味の日にいい」。だし汁まで飲み干した。左の小丼は「ソースかつ丼」。玉子とじではなく、ソースをかけるカツ丼は全国各地にある。キャベツを敷いたり、岡山のようにドミグラスソースをかけたりするのもあるが、福井はシンプル。目の細かいパン粉が特徴らしい。ひれ肉が柔らかく、おいしかった。
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by news-worker | 2005-09-17 07:28 | 食日記  

続 譲れない一線 追記

 労働組合は憲法28条で保障された労働者の権利だ。しかし、権利はそれ自体だけで当然に守られるわけではない。憲法12条は、憲法が保障する自由や権利は、国民の不断の努力で保持しなければならないこと、乱用してはならないこと、公共の福祉のために利用する責任を負うことを説いている。
 新聞産業に限らず、既存の労働組合が特権勢力として批判を浴びているとしたら、このことを忘れていた、気付いていなかったからではないかと思う。
 昨年のプロ野球選手会のストライキを想い起こす。労組としての選手会が掲げた目的意識は明確だった。プロ野球のあり方をオーナーの間だけで決めてしまうことへの異議申し立てだった。そこが大きな共感を呼んだ理由だと思う。
 権利を守ることの努力とは、今の社会経済情勢に即していえば、その権利を当然享受していなければならないのに、そうなっていない人たちの間へどうやって広げていくか、ということでもある。賃金や労働条件などの既得権を守ることだけではない。
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by news-worker | 2005-09-17 07:14 | 全下野新聞労組の闘争  

続 譲れない一線

 下野新聞社の印刷部門別会社問題で、労働組合(全下野新聞労組)は会社に白紙撤回を求めることをきょう(16日)決めた。同労組の組合ニュースによると、当該の印刷部門はもとより、他職場の組合員からも会社方針に疑問を示す声が上がり始めている。
 会社提案は生活破壊だと前回書いたが、より本質的には、今回の問題はわたしたち既存の労働組合が「労働者の権利」をどういう風に考えるか、それが問われている問題だととらえている(ここでは「労働者」を「労働組合」との兼ね合いで限定的に使う。単に「働く人」という意味ではない。経済的に支配従属の関係にある被雇用者のことだ)。労働者としてのわたしたちは、一人ひとりでは弱い。雇用者から不当な扱いを受けても何もできない。だから憲法28条は弱者を保護する権利として「勤労者の団結権」を認めている。団体交渉もストライキも権利として認めている。労働組合それ自体が権利だといっていい。
 会社側の本音は、印刷部門の労働者を狙い撃ちにして人件費削減、つまり経費削減を図ることにある。弱者を保護する権利を具体化しているはずの労働組合が、そうしたやり方、強者と弱者を選別するようなやり方を許していいのか。そこを譲ってしまえば労働組合は成り立たない。
 一方で、これは新聞産業の労働運動に限った話ではないが、日本の労働組合は長らく、企業ごとに組織され正社員で構成されてきた。契約社員や派遣社員などの働き方がなかった時代は、それも自然な流れだったかもしれない。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代、日本企業の「終身雇用、年功序列、企業別組合」は「3種の神器」と呼ばれた。
 しかし、「終身雇用」は崩れ、契約社員や派遣社員など不安定な働き方に置き換えられつつある。あるいは外注化が進んでいる。新聞産業の印刷別会社化は業務の外注化の一形態だ。「年功序列」も崩れ、まず職能主義、次いで今は成果主義が広がってきている。社会構造も労働環境もすっかり変わってしまった。なのに「企業別組合」だけが変わっていない。従来通りの枠組みの中で、組合員が正社員であることに「勝ち組」意識を持っていたら、労働組合は特権的な存在ということになる。現にそうなっていることは否定できない。
 今、わたしたち既存の労働組合が気づかなければいけないのは、労働組合は労働者ならだれしもが手にできるはずの当然の権利なのに、無権利状態のまま不安定な働き方、低い労働条件を強いられている人たちがどれだけ多いかということだ。労働組合の組織率が年々低下し、18%台にまでなったということは、そういうことだ。組織率の数字は知っていても、その意味には気づいていない。
 労働組合は企業別に正社員でしか作れないものではない。企業籍の違い、正社員かどうかを問わず加入できる労働組合もある。もともと労働者は一人では弱い。正社員よりもさらに弱い立場の契約社員や派遣社員に「自分で労働組合を作れ」と言うのは酷に過ぎる。既存の労働組合が何をするのかが問われている。わたしたちの労働組合の外で無権利のままに置かれている人たちと、正面から向き合わなければならない。
 既存の労働組合が意識をあらため、運動の実践をあらためていくためには「行動」しかない。まずは身近な課題に対して行動を起こすことだ。その行動を通じて、今まで気づかなかったことに気づかなければならない。そこから次の行動を始める。
 新聞産業の印刷別会社化で言えば「正社員としての待遇、今の賃金、今の労働条件を守れば終わり」ではない。それは最初の一歩だ。その一歩も踏み出せないなら、何も変わらない。小さくてもいいから、その一歩を積み重ねていくことが必要だ。そして、金の問題以上に、権利の問題だということを繰り返し強調したい。労働組合という弱者の権利をどうやって広げていくのか、ということだ。下野新聞社をめぐる今回の一件は、新聞産業の産別労働運動にとって、問題提起の起点になる可能性を秘めている。だから譲れない。金の問題と考えてはいけない。わたしたち自身がその意識を変えなければ、正社員の特権を守るための運動としか見てもらえない。
 わたし自身が新聞産業以外で支援にかかわっている争議がある。派遣社員として働き、雇い止めを通告された。しかし、正社員に伍して働いていた。何よりも採用面接に派遣先が介入しており、就労後も労務管理は事実上、派遣先が行っていた。腑に落ちなかったが、企業籍がなくても加入できる産別の個人加盟組合に加入して、覚悟が固まった。実態は正社員同然であり雇い止めは不当だとして、裁判闘争に踏み切った。派遣先の企業には正社員の組合があった。争議の当事者は働いている当初、正社員組合になじめなかった。自分にとって「敵」と感じていた。しかし、今は産別組合の方針に従い、正社員組合も裁判を全面支援している。行動を通じて双方の意識が変わってきている。
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by news-worker | 2005-09-16 23:23 | 全下野新聞労組の闘争