<   2005年 09月 ( 20 )   > この月の画像一覧

 

譲れない一線がある

 労働組合には譲れない一線がある。前にも書いたが栃木県の地方紙、下野新聞の印刷部門別会社化・転籍問題のことだ。新工場建設を機に印刷部門を発行本社から切り離し別会社とする。ここまでは先行事例も多いのだが、下野新聞は現在、印刷部門で働いている社員に、退職-新会社への転籍を強いようとしている。年収ベースで約3割のダウン。人生設計を狂わせ、新聞の仕事に携わっていることの誇りもやりがいも奪ってしまう蛮行、愚行だ。
 新聞労連の新年度最初の全国行事として13日、下野新聞本社がある宇都宮市で、拡大合理化対策部長会議を開催。14日には全下野新聞労働組合の支援集会を開いた。全国の労連加盟組合から約70人が参加。わたしも14日は朝7時半から、全下野労組の組合員や地元の宇都宮地区労の人たちとともにJR宇都宮駅前に立ち、市民に向けてマイクを握った。同社労務担当役員への要請行動にも参加した。会社側の言い分に腹が立っている。同時に、静かだがあらためて闘志を燃やしている。必ず撤回させる。
 この話は、近くあらためて書きたい。14日は帰京後、午後から新年度初めての労連中央執行委員会。明日は朝から新聞労連北信越地連の定期大会で福井県に出張と、スケジュールが過密気味。
[PR]

by news-worker | 2005-09-15 02:03 | 全下野新聞労組の闘争  

自民圧勝 その3

 多分に誤解を招きそうだが、善悪を論じることが目的ではないことをまずお断りしておきたい。今回の衆院選を通じて決定的になったと思える自民党の変化のことだ。
 かつて自民党を動かしていた原理は派閥力学だった。自民党という一枚岩の組織があるのではなく、派閥の連合体だった。だから、自民党の政治家は党という組織が固有に養成するのではなく、派閥が自前で養成していた。総理総裁の交代も派閥力学の中で決まっていた。調整がつかないと総裁選になったが、これも派閥同士の連合や裏切りや諸々の政治劇を経て、最後は数の論理で決着していた。
 総理総裁には絶大な権限が集中しているけれども、実際にものごとが決まるのは派閥間の数の論理。閣僚も派閥の意向がものを言い、総理の人事権は建て前だけだった。
 これは一面では、自民党の中に複数の政党が混在していたような状態だった。実際に、課題によっては派閥間で政策の指向が違っていたこともあるし、得意分野もそれぞれあった。単独政権が長く続いたことの一つの理由だと思う。そして、1960年代の高度成長以後、自民党政権による一国平和と産業重視政策の元で、「一億総中流」と呼ばれる均質な社会、少なくとも国民がそう思っていられる社会があった。
 今はどうだろうか。恐らく、総理総裁の権限をだれにはばかることなく、自在に行使したのは小泉首相が初めてだろう。組閣は総理になった当初からそうだった。党内の派閥の意向には耳を貸そうともしなかった。今回、だれも望んでいなかった衆院解散を断行し、郵政民営化に反対した自党前職を公認せず、その選挙区に新人候補を擁立した。その結果の圧勝だから、わずかに自民党内に残っていた派閥力学ももう終わり。名実ともにスーパー総理が誕生した。こういう形で小泉首相は公約通り「自民党をぶっ壊す」ことを成し遂げたのかもしれない。
 しかし、そのときに均質な社会はなくなっている。「強い者はより強く、弱い者はより弱く」の潮流がますます強くなる。確実にそうなるだろう。「改革」を求めて小泉自民党を圧勝させた人たちの中に、実は「自分は勝ち組」とは思っていない人たちが相当数含まれているかもしれないところに、何とも言えない割り切れなさを感じる。
 改憲もそんなに遠くない。これから4年間、小泉流なら自民党は何でもやれる。もともと憲法については民主党も改憲指向だ。状況は今回の選挙での郵政民営化に似ている。小泉流なら、改憲の多岐にわたる論点を「改革」の一言に収れんさせてしまうことだろう。特に9条改憲は米国が強く求めている。イラクへの自衛隊派遣延長を、小泉首相は国会で、つまり国民に説明する前にブッシュ大統領に約束したことを思い出す。あれからまだ1年足らずだ。
 かつての派閥政治は別名を金権政治とも呼ばれた。数の論理、派閥の維持には金がかかるから、汚職事件も後を絶たなかった。派閥力学の中で、「実力者」と呼ばれた政治家には常にダーティーなイメージがつきまとった。しかし、それでも社会は「一億総中流」だったし、9条改憲が現実の議論に上ることはなかった。
 評論家の佐高信さんは今春闘の新聞労連の集会で講演した際、小泉首相の手法を批判する中で「クリーンなタカ」と表現し「尺度はクリーンかダーティかだけではない。ハトかタカかの尺度もある」と指摘した。わたしは自民党の変化を「汚れた民主主義か、きれいなファシズムか」と言ってもいいと思う。
 もう10年以上も前の1992年、社会部で東京地検特捜部を担当していたときに佐川急便事件が摘発された。これは、自民党中枢に切り込むと言われた事前の下馬評からすれば中途半端な捜査に終わったけれども、続いて翌年、「キングメーカー」「政界のドン」と呼ばれていた最高実力者の金丸信・元自民党副総裁が巨額脱税容疑で特捜部に電撃逮捕された。思えば、あのころが今日への始まりだった。「金権政治」「政治腐敗」「政治改革」。当時、わたしの頭の中にはそんなことしかなかった。10数年が経って、まさか「クリーンなファシズム」の社会になるとは思ってもいなかった。だからと言って、以前の自民党の方がよかったと言うつもりもない。冒頭に「善悪を論じることが目的ではない」と書いた通りだ。
[PR]

by news-worker | 2005-09-13 07:35 | 社会経済  

自民圧勝 その2

 開票から一夜明けて、新聞各紙はきょうの夕刊でも識者を登場させるなどして、選挙結果の見方を紹介している。「今まで投票に行かなかった層が、今回はこぞって自民党に投票した」「現状への鬱々とした不満が『改革』に期待を持たせた」といったところの見方が共通しているようだ。
 「現状への不満」とは、わたしが身を置いている労働組合に関係が深い雇用の側面から見れば、非正規雇用とか非典型的雇用と呼ばれる派遣社員や契約社員、あるいはニートと呼ばれる若年層らの不満だろう。自らの意欲、能力の問題を遙かに超えたレベルで、自分の仕事や生活が決まってしまっていること。その不満が「改革」を求めるのは当たり前だ。
 メディアの分析は、小泉首相が争点を郵政民営化に単純化することで、「改革」ムードを分かりやすい形で演出していったのに対し、民主党は「改革」を求める層の受け皿になることに失敗したとの見方でも共通しているようだ。ここまではわたしも同感だ。分かりやすかったのは、朝日新聞の夕刊に掲載されていた漫画家倉田真由美さんのコメント。「ベストセラーは、ふだんは本なんか読まない人たちを引きつける力がある」と例えている。なるほど。
 一方、今回の選挙結果のそうした側面から、つまり政策の中味ではなくてムードでこれだけ自民党が圧勝してしまったことに対し「衆愚政治」とみる指摘もある。これには異論がある。ムードでも何でも、投票率が大きく上がったことは間違いない。選挙への関心が高まったこと自体までを否定しては、民主主義は成り立たない。かつて民主主義がファシズムを生んでしまったことはあるが、それは民主主義が本来的に内包しているリスクだ。民主主義は、自らを否定する言論や政治的主張であっても、手段が合法的なら容認せざるをえない。だから、議論が大事なのだ。その議論が今回の選挙戦ではなかった。議論がかみ合わなかった。
 今回の選挙結果は、それも現実だ。改憲問題をはじめとして、これから日本の社会で何が始まるのか不安を覚えるけれども、「だから日本の民主主義はレベルが低い」と言ってみても何も始まらない。「勝ち組」「負け組」が流行語になる今の社会経済情勢がこのまま進むことを、果たして自民党に1票を投じた人たちの全員が望んでいるかどうかは分からないが、少なくともかつてない世論の高まりが現出したのは事実だ。日本が再び軍隊を持ち、海外で「殺し殺され合い」をするのかどうか。それが問われる事態もそう遠くはない。そのときに、今回のような世論の高まりが「NO」という声とともに実現できればいい。それは、平和と民主主義を守りたいと願うわたしたち一人ひとりが、これから何をしていくかにかかっている。広く社会全体に議論が広がるかどうか次第だと思う。
 民主党の支持基盤には労働組合もある。ナショナルセンターの連合が全面支援しながらの惨敗は、既存の労働組合運動もまた市民社会の支持と共感を得られなかったことを示している。労働組合の課題も今回の選挙結果で明らかになったと思う。
[PR]

by news-worker | 2005-09-12 22:09 | 社会経済  

自民圧勝

 どうしてこうなってしまうのか。自民圧勝の衆院選結果にメディアは様々な分析をしているけれども、わたしにはよく分からない。日本の市民社会が「分かりやすさ」を求めている、あるいは「分かりやすさ」に反応することが明らかになったことは確かだろう。しかし、小泉首相が「改革の本丸」と叫び続けた郵政民営化法案は別として、それ以外にどんな改革、どんな社会を民意が求めているのか、今回の選挙結果からは見えてこない。郵政以外に争点はいくつもあったのに、小泉首相が郵政以外はまったく触れなかったからだ。今後の社会の方向性を決めるはずの選挙で、民意が求める方向性が実は示されていない。これが最大の問題ではないかと思う。
 選挙に先立つ衆院解散自体、民主主義の理念に照らして無理があったと思う。郵政民営化法案は衆院では可決されていたからだ。参院で否決されたからといって、衆院解散が許されるなら参院は必要ないことになる。党内の反対派を公認せず、刺客を立てるやり方も党内独裁だ。郵政民営化法案を立案する段階から、小泉首相の独裁手法は際立っていた。
 しかし、そうしたことをすべてひっくるめて、自民圧勝の結果になった。自民党も「政権公約」を発表していたから、あとはその公約を実現するだけということになる。例え小泉首相が選挙戦では郵政しか口にしていなかったとしても公約は公約、それは民主主義のルールだから当然だ。現憲法を捨てて新憲法をつくることも自民党は明言し、公約に掲げている。
 メディアの解説では、少々強引な手法でも反対派を切り捨て、刺客を次々に擁立した小泉首相の姿勢が「改革にかける情熱と行動」として有権者の心をつかんだ、という。その通りだろう。しかし、情熱と行動が目指す方向がそれでいいのか、という問題があったはずだ。本当に「改革」なのか、そう呼んでいいのか、「改悪」ではないのか疑う必要があったのに選挙戦では大きな論点にならなかった。小泉首相が「改革」を専売特許にしてしまうことに成功した時点で、ムード選挙へと大勢は決まっていたのかもしれない。
 憲法をはじめとして、これから小泉自民党は数にモノを言わせて「公約」を押し進めていくだろう。嘆いていても仕方がない。自民圧勝の前にかすんで見えるけれども、退潮が続いていた社民、共産は微増、あるいは現状維持で踏み止まった。希望は残っていると思う。
[PR]

by news-worker | 2005-09-12 10:00 | 社会経済  

投票に行ってきた

c0070855_1950504.jpg 元地方紙記者の藤代裕之さんのブログ「ガ島通信」が、衆院選の投票「祭」を呼びかけているので、わたしも参加することにした。
 昼食がてら、お昼過ぎに投票してきた。新聞各紙の世論調査でも、今回の選挙の関心は高いとの傾向が出ていたが、投票所のにぎわいぶりも、それを裏付けているように思えた。先日の東京都議選のときも同じ時間帯に投票に行ったが、今回は投票に来る人がはるかに多い。次から次といった感じだった。
  「争点が分かりやすい選挙は投票率が上がる」という。「今回は争点が分かりやすい」と感じた人たちが投票率を押し上げているということか。
[PR]

by news-worker | 2005-09-11 19:52 | 身辺雑事  

マスコミ単産合同就職フォーラム

 新聞労連、出版労連、広告労協、全印総連(印刷)のマスコミ関連4単産で、11月27日に就職活動の大学生を対象にした合同就職フォーラムを開催することになり、昨夜、第1回の実行委員会を開いた。昨年は230人の学生が参加。その後、新聞労連単独の就職フォーラムも開催した。参加者の中から大手新聞、通信各社に内定者が出ている。
 合同フォーラム開催の趣旨は、第一に実際の仕事や労働条件をリアルに知ってもらうこと。入社試験対策のノウハウを伝授する場ではない。新聞の場合、とりわけ記者職では長時間過密労働が恒常化していること、ジャーナリズムの観点から厳しい批判も受けていること、それらはそれぞれ労働組合の課題でもあること等々を学生の皆さんに知ってほしい。「マスコミ」のイメージの華やかさへの漠然とした憧れだけではなく、実際の仕事、やりがいや苦しさも知った上で、それでも「この仕事をやりたい」と思う若い人を1人でも多く仲間として迎え入れたいと、わたしたち労働組合としても考えている。
 フォーラムは大きく報道(新聞)、編集・制作(出版)、広告・営業の3つのセッションを設定し、それぞれ第一線で働く組合員にパネリストとして登壇してもらい、パネルディスカッション形式で行う。企業の会社説明会では決して聞けない、労働組合ならではの内容だ。
 11月27日午後0時半から5時まで、東京・西新宿で開催する。参加費は1500円で事前の申し込みが必要。近く新聞労連のホームページにも開催要項を掲載する。
[PR]

by news-worker | 2005-09-10 09:01 | 新聞業界への就職  

沖縄戦新聞に協会賞

 嬉しいニュースもあった。琉球新報の戦後60年企画「沖縄戦新聞」が新聞協会賞に決まった。心からお祝いしたい。
 新聞労連がこの夏つくった「しんけん平和新聞」は、「沖縄戦新聞」がなければ実現しなかったと言ってもいい。スタイルを参考にさせてもらっただけではない。5月に沖縄に出張した際、「しんけん平和新聞」の構想を新聞労連沖縄地連の方々に説明して参加を要請したのだが、琉球新報労組からは沖縄戦新聞の取材班メンバーも同席し、数々のご意見をいただいた。いや、正直に言うと、ご意見をいただくなんて生易しいものではなかった。わたしの考えの甘さをビシビシと追及され、はっきり言うと叱責された。でも感謝している。平和への思いの重さ、何というか「本当に体を張って、命をかけてジャーナリズムを守るということはこういうことなのだ」と教えてもらったからだ。だから、どんなに苦しくてもこの「しんけん平和新聞」は今後も出し続けるつもりだ。
 琉球新報取材班の皆さん、本当におめでとうございます。そして、ありがとうございました。
[PR]

by news-worker | 2005-09-08 10:35 | メディア  

新聞協会長辞任へ

 朝日新聞の箱島信一相談役(前社長)が、衆院選をめぐる虚偽メモ問題で新聞協会会長を辞任することが決まった。朝日取締役も辞任するという。けさの朝日の記事によれば、箱島氏は記者会見で「偶発的なこととは思っていない」「新聞をはじめジャーナリズム全体の信頼と名誉を傷つける不祥事」と述べ、秋山耿太郎社長も虚偽メモ問題では初めてとなった記者会見で、「『解体的出直し』に不退転の決意で臨む」と述べたという。
 「偶発的なこととは思っていない」との言葉が気になる。本当にそう思っているのか、という意味でだ。朝日新聞は今回の不祥事が表面化した際、記者会見を開かなかった。年明けのNHK番組改変問題では、あれだけ懇切丁寧に会見を開き報道対応をしていたから、記者会見を開くかどうかは、それに値するテーマかどうかの認識次第だったと言っていい。虚偽メモ問題で会見を開かなかったということは、ことの重大さについて朝日幹部には当初その程度の認識しかなかった、ということではないのか。「大馬鹿ものの記者がいたのでクビにしました」で済ませたい、との本音があったのではないだろうか。
 今回の件については、朝日新聞にいる知人たちからも色々なことを聞く。それは伝聞だからここでは触れない。ただ、大手新聞社記者の不祥事は数多くあれど、取材上の記者倫理そのものが問われる不祥事は、朝日に集中している。自他ともに「日本の責任新聞」を認める朝日だから、取材相手の目も他社に比べ厳しいという事情もあるだろうが、結果として誤報になったという判断ミスのレベルではなく、取材方法そのものに職業倫理上の問題があったケースとなると、古くはサンゴ事件以来、朝日の記者のケースが目立つ。朝日に身を置く人たちには異論もあるかもしれないが、そこまで認識を持たないと「解体的出直し」は掛け声だけに終わってしまうだろう。
 もうひとつ感じるのは、「新聞社」が営利追求のただの「会社」になっていることとの関連性だ。地方紙を含めて全国の新聞社がそうなりつつある。経営者たちが口にするのは「会社の生き残り」とか「確固とした経営基盤」とか、そんな話ばかりだ。「ジャーナリズム」を口にしなくなった。実際のところ、新聞が売れるかどうか、広告が取れるかどうかを左右するのは紙面のジャーナリズムではないという側面もある。ジャーナリズムに鈍感な経営者たちのもとで、取材・報道の現場が疲弊しきっている。
[PR]

by news-worker | 2005-09-08 10:29 | メディア  

続 衆院選

 わたしが議長を務める日本マスコミ文化情報労組会議(略称MIC)から昨日、衆院選終盤に際しての議長声明を出し、新聞・放送各社にファクス送付した。別にそのこと自体はニュースにならないだろうが、MICの中でも、今のまま、つまりあたかも郵政民営化だけが争点であるかのようなまま選挙が終わってしまってはいけない、という危機感が強まっている。
 わたし自身が願っているのは、議長声明が報道の現場でがんばっている一人でも多くの同僚たちの目に留まることだ。わたし自身も選挙報道に加わった経験があるが、巨大なチーム取材、組織的報道だ。組織全体に大きな方向性ができてしまうと、それに反するような記者個々人の問題意識、良心は無力だ。流されてしまう。しかし、それでもあきらめないでほしい。現場の良心をどうやって後ろから支えるのかが、労働組合の課題でもある。
 そんなことを思いながら、自宅で朝、東京新聞を開いて少し明るい気分になった。第2社会面で「2005総選挙 最後にこれだけは 自衛隊派遣を問う」のシリーズが始まっている。自衛隊のイラク派遣は衆院選ではまったく争点になっていない。小泉首相はかつて「日本国の理念、国家としての意思が問われ、日本国民の精神が試されている」と主張して、自衛隊派遣を強行した。その首相が今また郵政民営化で「国家のあり方」を口にしているとき、まさに「最後にこれだけは」の試みだ。第1回は民衆の視点でイラクのリポートを続けているフリージャーナリストの綿井健陽さん。東京新聞の記者たちを応援したい。


 憲法を中心に据えた争点報道を求める
 ~衆院選終盤に際してのMIC声明~

 郵政民営化法案の参院での否決に端を発した衆院選は、報道によれば序盤は自民党が優勢、単独過半数を確保の勢いと伝えられている。わたしたちは、11日の投開票までの残りの期間に、メディアが今回の選挙が持つ意味と争点をより多面的、多角的に取り上げ報道するよう求める。
 小泉純一郎首相は「今回の選挙は郵政民営化の是非を国民に問うもの」と、争点を郵政民営化に絞り込み「改革断行」の姿勢を強調する。民主党など野党の主張も、郵政民営化への反論を中心に報道される状況が続いている。しかし、争点は郵政民営化だけであるはずがない。
 わたしたちは、数々の争点の中でまず第一に憲法問題こそ中心に据えられなければならないと考える。自民党は政権公約の中で「日本の基本を変える」とし「新憲法制定への取り組みを本格化」「子どもたちの未来のために教育基本法を改正」と明記している。自民党が指向する新憲法とは、8月1日に公表された新憲法草案一次案を見れば明らかなように、「自衛軍」の保持と海外での武力行使を可能にする、つまり日本が再び戦争をできるようにする憲法だ。まさに平和主義を捨て「日本の基本を変える」ことにほかならない。しかも自民党は結党50年のことし、11月にも新憲法案の最終案を公表する。「日本の基本」をこうした方向に変えていくことの是非こそ、今回の選挙の最大の争点であるはずだ。
 郵政民営化にしても、わたしたちはなぜ民営化がただちに日本を「改革」することになるのか、疑問を抱いている。郵政改革とは郵政を「官」の保護から引き剥がし、市場の競争原理に放り込むことにほかならない。しかし、公共性の高い事業を、全面的に競争原理に委ねてしまえばどうなるか。その答えの一つをわたしたちはことし4月、尼崎市のJR脱線転覆事故で見せつけられたはずだ。郵政民営化は今回の選挙では、「強い者はより強く、弱い者はより弱く」の新自由主義路線をこのままさらに推し進めるのか、それとも、だれもが安心して暮らせる社会を目指す方向へ転換するのか、その象徴としての「最大の争点」であるはずだ。
 わたしたちは、戦後60年に施行される今回の選挙で問われるべきは、平和と民主主義、そして「個人はみな個人として尊重される」との憲法の精神を基盤においた日本社会を変えてしまうことの是非であると考える。投開票までの残る期間に、各メディアがこうした観点から争点を掘り下げ、厚みのある報道に努められるよう強く求める。

 2005年9月6日
日本マスコミ文化情報労組会議(MIC) 議長美浦克教
[PR]

by news-worker | 2005-09-07 09:21 | メディア  

衆院選

 8月は韓国、シカゴ行きを含めて出張が6回で計20日と慌しく過ぎ去った。9月に入って、溜まっていたデスクワークの処理に追われている。労働組合の新年度は9月からが本番。中旬には会社側の印刷部門の切り捨て提案とたたかう全下野新聞労組の支援も兼ね、拡大全国合理化対策部長会議を宇都宮で開催する。第一回の中央執行委員会も招集している。加盟各単組も夏に定期大会を開き、執行部が交代したところが多い。労連中執委も例年、ガラリと顔ぶれが変わる。

 そうした諸日程に備えて資料や書類づくりに追われている中で、気になるのは衆院選。先日、日本マスコミ文化情報会議(MIC)の事務局会議で、週明けにもMICとしての意思表示を、という話になり、議長(わたしです)声明の草稿を書き始めたところだ。
 小泉首相は「郵政民営化の是非を国民の皆さんに問う」と言っている。民主党の岡田党首は「争点は郵政民営化だけではない」と反論する。他党の主張はよく聞こえない(見えない)。現場を離れた身で、報道を通じて今回の選挙を見ているとそんな印象だ。
 最大の争点が郵政民営化であるのは間違いがない。同時に、郵政民営化に取り組む小泉政治の手法そのものもまた争点ではないのか。そんな気がしてならない。驚いたのは衆院解散後の各紙世論調査で、内閣支持率がアップしたことだ。小泉流の手法が「強い決意で改革を断行しようとしている」と好意的に受け止められたということだろう。法案に反対した候補者は公認せず、次々と「刺客」を擁立したこともその「決意」の表れということになる。
 しかし、そうした手法に「ちょっと待て」と言いたくなる。要するに、総理総裁たる自分の方針に従わない者は切り捨てるという手法にほかならない。郵政民営化に賛成ならば「善」、反対するものは「悪」という単純な図式化だ。独裁的な党内運営と言っていい。そもそも、衆院は法案を可決させたのに、参院で否決されたからといって解散する手法に問題はないのか。これはもうファシズムへの道とすら言えるのではないか。ナチスは合法的に政権を取った。ヒトラーも「改革」を叫んだ。共産党をはじめ他勢力を徹底的に弾圧したけれども、ドイツ国民はヒトラーを支持し続けた。そんな歴史の教訓が頭に浮かぶ。

 郵政民営化にも疑問がある。本当に「改革」だろうか。郵政だけを見ていれば、民営化でもいいのではないか、と考える人が多いのも分からないではない。小泉首相は郵政だけしか口にしないから、そういう風に考えてしまう。しかし、かつての国鉄改革、分割民営化が結局何をもたらしたか、その答えをわたしたちは4月に尼崎の脱線転覆事故で見せつけられたはずだ。
 もっと分かりやすく話をしよう。かつて航空業界はがちがちに規制をかけられていた。国際線は日本航空、国内線基幹路線は全日空、ローカル線は東亜国内航空(その後日本エアシステム→日本航空と経営統合)と棲み分けが定められていた。その後、規制緩和で自由競争になり、スカイマークなど新規参入も実現した。割引運賃も多数登場し、空の足は身近になった。しかし、規制緩和の本質は、永遠に競争が続くことだ。足を止めたとたんに競争に敗れ、退場しなければならない。必然的に経費削減、中でも人件費の抑制に拍車がかかる。安くていつでもクビを切れる雇用形態が増える。労働組合は経営翼賛、そうでないと弾圧される。安全運航の要の整備部門にも合理化がおよぶ。現に整備部門の別会社化、外注化が進んでいる。それと最近のトラブル多発は無関係だろうか。運賃にしても、東京-大阪などのドル箱路線では、新幹線との競合もあって安くなった。しかし、離島路線には割引がない。利用客が「勝ち組」と「負け組」に分けられている。

 今は「勝ち組」「負け組」が流行語になるご時勢。言ってみれば、社会のあらゆる営みをこの2つのどちらかにふるい分けていく、その象徴が郵政民営化ではないのか。恐らく、自分を「勝ち組」と考えている人は、間違いなく「郵政は民営化でいい」と考えているはずだ。
 ホリエモンが出馬したことが、もしかしたら今回の選挙の本質をいちばん象徴する出来事かもしれない。彼は小泉流の改革の本質を知り抜いている。その本質とは、ルール無用が許されるということ。もう少し丁寧に言えば、これまでの社会の規範、経済行為の倫理上の規範がこの10年余で次々に崩れ、「強者はより強く、弱者はより弱く」の流れはもはや後戻りができない。小泉政治はその流れをさらに加速させようとしている。「何でもあり」のホリエモンにとっては、まさに「止めてはいけない改革」だ。

 しかし、今日は「勝ち組」でも、いつ「負け組」に転じるか分からない。そのときに、もはやわたしたちの社会にセーフティネットはない。それが小泉流の「改革」の本質であり、新自由主義の本質でもある。今、労働組合運動に身を置いてのわたしの実感だ。今回の選挙で問われるべきは、わたしたちの社会がそうした方向へさらに突き進んでいこうとするのを是とするのか、非とするのかだ。郵政民営化が最大の争点と言っても、実はその象徴でしかないのであって、争点が郵政民営化それ自体にとどまってしまうなら不幸なことだ。
[PR]

by news-worker | 2005-09-03 11:29 | 社会経済