<   2006年 09月 ( 20 )   > この月の画像一覧

 

日弁連が共謀罪反対の意見書

 自民党総裁選が近い。もはや次期総裁は安倍晋三氏に決まったも同然の雰囲気で、半ば自動的に臨時国会では首相に選出されることになるのだろう。この臨時国会では教育基本法改正案、国民投票法案、共謀罪新設関連法案の審議が再開される。いずれもまったく別々の法案であり、国会で審議される委員会も異なるが、日本の社会がどういう道に進むのかとの観点からは、相互に深いつながりを持っていると思う。教育を国家の統制の下に置き(教育基本法改正)、反国家的な不穏な言論は厳しく取り締まらなければ(共謀罪新設)、日本は戦争国家になる(憲法「改正」)ことができない。

 日弁連が9月14日、「共謀罪新設に関する意見書」をまとめ、ホームページ上でも公開している。「法案の立法は、我が国の刑事法体系の基本原則に矛盾し、基本的人権の保障と深刻な対立を引き起こすおそれが高く、また、導入の根拠とされている国連越境組織犯罪防止条約の批准にも、この導入は不可欠とは言い得ないことから、認めることはできない」が骨子。4-5月の通常国会の衆院法務委員会で採決できなかったのは、共謀罪新設に世論が反対したからだとの指摘も盛り込んでいる。
 共謀罪の危険性は忘れられていない、と信じたい。
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by news-worker | 2006-09-16 18:59 | 平和・憲法~共謀罪  

教祖の死刑確定に割り切れなさが残る

 オウム真理教の教祖松本智津夫被告の死刑がきのう15日、確定した。2年前の2月に東京地裁が言い渡した死刑判決を不服として、被告側が行った控訴を東京高裁が棄却する決定をし、その決定を不服として弁護側が行った異議申し立ても東京高裁が棄却した。その東京高裁決定をさらに不服として弁護側が最高裁に申し立てた特別抗告を棄却したのが、きのうの決定だった。死刑執行を回避しようとすれば、本人の精神状態は別として、あとは再審請求しかない。
 死刑確定後は、新聞の用語上は「被告」から「死刑囚」に呼称が変わる。きょうの夕刊から「松本死刑囚」となる。ついでに言えば、新聞によって「松本」か「麻原」か異なる。麻原とは教祖名の「麻原彰晃」だ。オウム真理教という教団の教祖、指導者という側面を重視すれば「麻原」の表記になり、「宗教」というフィルターを排して、一人の人間として裁判を受ける立場であることを重視すれば戸籍名である「松本」を使う。新聞各紙の見解はそんなところではないだろうか。本人自身は初公判の人定質問で名前を問われ「麻原彰晃です」と答え、裁判長から「松本智津夫ではないか」と問われると「その名前は捨てた」と答えたように記憶している。

 教団の一連の事件と、松本智津夫や側近幹部らの裁判をめぐっては、既にいろいろな人たちがいろいろな見解を明らかにしている。きのうの「死刑確定」の意味についても同様だ。わたし自身は、制度としての死刑は存続の意見だし、一連のオウム真理教の事件への関与について、松本智津夫に刑法上の責任は明確にあると考えている。だから、死刑という結論自体は免れ得ないものだと思う。しかし、「結果」ではなく、その結果に至るまでの経緯をも含めた「結末」という意味では、割り切れなさが残る。国家が司法制度の手続きを踏み一人の個人を殺すのに、そんなに急ぐ必要があるのか、という疑問と言ってもいいかもしれない。「急ぐ」というのは、裁判にかかる時間の観念のことではない。手続きのことであり、三審制の手続きを踏み、控訴審で事実審理に進んでいれば社会が利益を得ることができたかもしれないのに、その機会が奪われてしまったことへの、社会の一員、生活者の一人としての割り切れない思いだ。

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by news-worker | 2006-09-16 16:38 | 社会経済  

「現場記者が見た小泉政治」~憲法メディアフォーラムにアップ

 宣伝です。わたしが議長を務める日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が、日本ジャーナリスト会議(JCJ)と共同で運営しているウェブサイト「憲法メディアフォーラム」に、現役記者らの匿名座談会「現場記者が見た小泉政治」がアップされた。ぜひ、ご一読を。
 憲法メディアフォーラム・トップ
 匿名座談会「現場記者が見た小泉政治」

 ことし元旦にアップした匿名座談会「いま、憲法を伝えよう」に続く第二弾の大型座談会。今回は、わたしは参加していない。
 第一弾のアクセスが堅調で、好評だったとみられることから企画した。今後も、半年に1回のペースで大型座談会を続けていこうと、サイトの編集員委員会では話し合っている。
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by news-worker | 2006-09-13 03:06 | メディア  

9・11同時テロから5年

 きょう11日は、米中枢同時テロからちょうど5年。休刊日明けの新聞各紙夕刊も、テレビも大きく報道した。
 5年前のきょうは、労働組合の専従役員で休職中だった。前月に共同通信労働組合の執行委員長に選出され、立ち上がって間もない執行部の集中合宿で箱根にいた。夜、宿舎の部屋で執行委員何人かと車座になって、直面している交渉課題、執行部の運営等々を話し合っていた。気が付いたら、つけっ放しのテレビがニューヨークからの中継画像に切り替わっていた。世界貿易センタービルのツインタワーのうち、片方が煙を噴き上げていた。
 何が起きたのか分からないまま、組合の話どころではなくなった。やがて2機目が突入。そしてビルの崩壊。「ああっ」と小さな悲鳴のようなつぶやきのような、そんな声を出したと思う。国際情勢に明るい方ではなかったわたしは、目の前のテレビに映っている出来事が何を意味するのか、まったく分からなかった。米国勤務から帰って間もない執行委員がいた。考えうる仮説をいくつか解説してくれた。みな、目はテレビに釘付けになりながら、彼の話を聞いた。
 あれから5年も経ったのか、と思う。1年間の単組委員長の任期を終えて職場に戻り、イラク戦争とその後の自衛隊イラク派遣報道に、取材チームの一員としてかかわった。その後、新聞労連委員長の2年間は、取材者から運動者に身を置き換えて、平和について考え続けた。
 5年経ったけれども、ブッシュ米大統領は「テロとの戦い」を叫び続けている。憎悪が暴力を招き、さらに新しい憎悪を生み出す悪循環に、この大統領は気が付かないのか。その愚行を支持して何らはばかることのない小泉純一郎首相も、無事に任期を全うしようとしている。事実上、次期総理総裁に決まった安部晋三官房長官に至っては、復古主義を隠そうともしていない。「テロとの戦い」に「大東亜戦争史観」が加わったら、いったいどんなことになるのだろうか。
 わたしは暴力を受けたくない。憎悪の対象になりたくない。ならば、わたしたち自身が決して暴力を行使しないこと、新しい憎悪を生み出すようなことはしないことだ。簡単な話なのに、と思う。
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by news-worker | 2006-09-11 23:54 | 平和・憲法  

マスメディアVS市民メディア~市民メディアサミット06に参加

 きのう(9日)、横浜市・関内の開港記念会館で開かれている「第4回市民メディア全国交流集会@よこはま06」(市民メディアサミット06)に参加した。サミットは8-10日の3日間開催。さまざまなセッションに分かれて討論が行われる。全体の統一テーマは「市民メディアは社会をつなぐ」だ(詳しくはサミットのサイトへ)。
 文字通り、北海道から九州まで、全国から市民メディア関係者が集まる〝サミット〟だが、わたしが呼ばれたのは、2日目の8日午後に行われたセッション「ほんねトーク マスメディアVS市民メディア」。つまり既存大手メディアの代表的な代表のような立場だった。企画したのは日本ジャーナリスト会議(JCJ)神奈川支部。JCJと新聞労連、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)は友好団体の関係にあり、知り合いも多い。「ほんねトーク」なので、公的な代表者よりも労働組合関係者の方がいい、ということだったのか、わたしに声が掛かった。肩書きは「MIC議長」「前新聞労連委員長」「共同通信社会部デスク」の順に並べてもらい、発言はもっぱら労働組合運動を通じての個人的な意見を述べた。
 市民参加メディアと言えば、最近ではオーマイニュースが話題になり、同じインターネット新聞では「JANJAN」「日刊ベリタ」などの先行例もある。そうしたメディアを見ても明確に分かるのだが、市民メディアの側にはマスメディアに対する対抗意識がある。重要なことなのに、マスが取り上げない、書かないことが余りにも多い、という不信感が多かれ少なかれ、どの市民メディアにもあるのではないか。わたしは部分参加だったが、このサミットでも、他のセッションでは「マスコミ何するものぞ」という強烈な対抗意識の表明が相次いでいるやに聞いた。
 さて、そういう場に既存大手メディアの人間として出て行ったわけだから、あるいは袋叩きに遭うかもと覚悟をしていたのだが、終わってみれば少し元気を分けてもらったような、気持ちがいいセッションだった。
 セッションはパネルディスカッション方式で進行。わたしの発言は主に、マスメディアの記者の働き方とメンタリティに関してだった。このブログの過去のエントリーのうち「辺見庸氏の罵倒に答えてみたい」を主に例を引きながら、利益を追求する〝企業〟であるメディアの第一線の記者たちの葛藤、悩みを紹介した。政局報道に顕著な「落としどころ報道」についても、この春の共謀罪の国会審議をめぐる報道を例に話した。そして、マスメディアが真にメディアとしての信頼を得るには、読者・視聴者・市民と現場の記者たちがつながっていくしかない、と話した。
 他のパネラーは3人。インターネットテレビ「OurPlanet-TV」共同代表の白石草さんはテレビ界出身で、独立当初はプロフェッショナルなメディアを目指していたらしいが、実際に活動を始めてみて「素人はあなどれない」と実感し、今は「個から個へ」を活動の理念に掲げている。白石さんの元には、マスコミの記者もよく来るそうだが、みんな疲れているという。そういう形でわたしの発言をフォローしてもらった。
 また、海外、とりわけ発展途上国ではマスメディアが完全に権力と一体化している例も多くあり、市民メディアはそれこそ命がけで活動している例も少なくないと指摘。その意味では、まだ日本の市民メディアは切迫感がないと感じるという。裏返せば、まだ日本ではマスメディアに一定の信頼が残っているということだろうか。
 東京新聞したまち支局長の鈴木賀津彦さんは、富山支局時代に県版を使って取り組んだ市民参加の紙面づくりの実践例を紹介。マスメディアも、例えば政局であっても記者が取材テーマに生活者としての当事者意識を持てば、当事者メディアとして市民メディアと連携していくことが可能になる、と話した。
 元日本テレビで滞米経験があり、今は龍谷大で国際ジャーナリズム論の教鞭をとる隅井孝雄さんは、ちょっと違う角度からの話でおもしろかった。印象に残っているのは、この先、日本ではマスメディア、とりわけ放送に大変動が起きるかもしれない、ということだ。NHK〝改革〟や通信と放送の融合が政治課題に浮上している。従来の放送秩序が再編された時に、例えばデジタル化とあいまって、市民メディアにも電波の開放が進むかもしれない、という話だった。
 今、市民メディアはインターネットによる情報発信が主流のように見える。ネットの普及によって、市民メディアの可能性が大きく広がったのは間違いがない。それがまた電波という旧来型のメディアにも変化を迫り、そこにも市民メディアの活動領域が広がるとは、ちょっと予想がつかなかった話だ。
 限られた時間でのセッションで何か結論を出すというわけにはいかなかったが、既存のマスメディアと市民メディアは敵対関係だけでなく、双方の努力で連携の途を探っていくことも十分に可能ではないか、と思った。
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by news-worker | 2006-09-10 12:29 | メディア  

意味不明のTBがどっさり

 けさ、このブログをチェックしたら迷惑TBがどっさり。午前3時半ぐらいから1時間弱の間に80件余りあった。いずれもリンク先のURLは、アルファベットをランダムに組み合わせたとしか思えない意味不明のもので、もちろん該当サイトは表示されない。ここ数日、数件ずつあったが、昨夜は一気に来た。
 いただいたコメントによると、小泉政権や安倍官房長官に対して批判的なエントリーを掲載しているサイトに、同様の現象がよく起きているらしい。広告目当てのサイトに誘導するとか、そういうTBではないので、ある種の〝言論攻撃〟を疑ってみるのも、あながち荒唐無稽ではないかもしれない。杞憂で済めば、それはそれでいいのだが。
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by news-worker | 2006-09-09 13:00 | 身辺雑事  

自殺した少年容疑者の報道は実名でいいと思っていたが…

 山口県の徳山工業専門学校の女子学生殺人事件で、指名手配されていた19歳の同級生の男子学生が7日、自殺しているのが見つかった。この男子学生の氏名を実名で報じるか、匿名とするかで、7日夜から8日にかけて、メディアの扱いが分かれた。
 まず、放送では7日夕方ニュースから日本テレビとテレビ朝日が実名と顔写真を付けて報道。新聞全国紙では読売新聞が8日付け朝刊でやはり実名、顔写真を掲載した。他は地元紙の中国新聞(本社広島市)を含めて、みな匿名を維持した。
 実名3社の見解は、読売新聞が掲載した「おことわり」に尽きると思う。
(引用開始)
◆おことわり◆ 読売新聞社はこれまで、容疑者が未成年のため、匿名で報道してきましたが、容疑者が死亡し、少年の更生を図る見地で氏名などの記事掲載を禁じている少年法の規定の対象外となったと判断したことに加え、事件の凶悪さや19歳という年齢などを考慮し、実名で報道します。
(引用終わり)

 わたし自身は、今回のケースは「実名」かなと考えていた。しかし、8日付けの各紙を読み比べているうちに、ちょっと分からなくなってきた。
 依然、「実名」でも問題ないと思う要因としては、例えば被害者遺族は公開捜査を望んでいた、ということが報じられている。しかし、一方では、死によって男子学生は事件に対する釈明をする場を永久に失ってしまった。被疑者、被告には「無罪推定の原則」が適用されていることに鑑みれば、裁判を受けることができず、弁明の機会がないままに、実名であたかも真犯人として確定したかのような印象を残したまま、事件報道が終結していくことがいいことかどうか、という意見もある。
 少年法が明確に想定している事態ではないし、法解釈上も割れているようだ。被害者の実名、匿名問題とは違って、世論もはっきりとどちらかを支持するというふうにはいかないのではないか。
 今現在、実名と匿名、どちらが妥当か迷いがある。どちらかと言えば実名、という気がしている。ただし、実際の報道にあたっては、拙速だけは避けなければならないと思う。匿名から実名に切り替えるのはいつでも可能だが、一度実名を出してしまえば、後戻りはできない。十分に部内で議論を重ね、遺族ら当事者を含めて必要な取材を尽くした上で、読者・市民に納得してもらえるだけの見解を用意して、それから実名に切り替えても何ら問題はない。

 この事件では週刊新潮が遺体発見よりも前に実名、顔写真を掲載した。週刊新潮は以前から信念をもって同様の報道を繰り返しており、それはそれで雑誌メディアとしての見識と言えば言えると思う。個人的にはまったく支持できない。
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by news-worker | 2006-09-09 11:57 | メディア  

偽装請負の指導監督強化を厚労省が通知

 厚生労働省が4日、偽装請負に対する指導監督を強化するよう、都道府県に通知を出した(共同通信)。ホリエモンことライブドアの堀江貴文前社長の初公判があったり、凍結精子による体外受精で生まれた子どもをめぐる最高裁判決があったり、大きなニュースがあった中で、目立たないニューではあるが、重要なニュースだと思う。
(引用開始)
偽装請負の監督指導強化 厚労省、処分を厳格に [ 09月04日 20時05分 ] 共同通信
 厚生労働省は4日、労働者派遣法に違反する「偽装請負」について監督指導強化を指示する通知を各都道府県労働局長に出した。複数の会社で偽装請負を繰り返す悪質な業者に対し刑事告発や行政処分にするなど、厳格な対応を求めている。
 偽装請負は安全管理の責任の所在があいまいになるなどの弊害がある。このため、通知は重度の労災事故が起きた際、発注元の会社を労働安全衛生法違反で刑事処分すると同時に、請負業者に対して業務停止命令など行政処分をすることも求めている。
(引用終わり)

 厚生労働省の通知は、朝日新聞の偽装請負をめぐる一連の報道に突き動かされてのこと、と言っていいと思う。メディアが状況を伝えれば、行政が動かざるを得なくなる。状況が変わるかもしれないとの期待が出てくる。その一例だと思う。これが行政の単なるアリバイで終わってしまうかどうかも、実はメディアが今後、何を伝えるかで変わってくると思う。
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by news-worker | 2006-09-05 02:24 | 格差社会  

「安保の見える丘」に柵~米軍基地をめぐる表現の自由の危機ではないか

 先週後半は忙しくて、きょうになってネットで気付いたのだが、沖縄の米空軍嘉手納基地周辺で、こんなことが起きている(沖縄タイムス8月30日付朝刊記事)。
(引用開始)
「安保の丘」に柵/市民団体反発「抗議の声遠くなる」
 【嘉手納】防衛施設庁は二十九日、米軍嘉手納基地を一望できる通称・安保の見える丘=嘉手納町屋良=に柵を設置した。同庁は「不法投棄の防止が目的。立ち入りは制限しない」と説明するが、市民団体などから「平和学習の場を遠ざけることにならないか」と反発する声が上がっている。
 柵は高さ約一・五メートルで、出入りできる幅約一・二メートルの門扉がある。工事は二十八日に始まり、二十九日に終了した。県道74号沿いの約千三百メートルにも設置している。予算は総額約千三百六十五万円。設置理由について、同庁は「使われなくなった黙認耕作地に家具や電化製品などの廃棄物が投棄されることが多く、周囲の景観を損ねている」としている。
(引用終わり)

 沖縄タイムスは9月1日付朝刊にも、那覇防衛施設局に取材した続報記事を掲載している。
(引用開始)
「安保の丘」閉鎖言及/防衛施設局 柵開閉「将来は米軍が判断」
 【嘉手納】米軍嘉手納基地を一望できる嘉手納町屋良の通称「安保の見える丘」に設置された柵について、那覇防衛施設局は三十一日、本紙の取材に対し「将来は保安上の必要性を踏まえ米軍が判断する」と回答、門扉を閉ざして立ち入りを規制する可能性に初めて言及した。丘は米軍が「スパイ・ヒル」などと呼び、閉鎖を模索してきた。住民の立場からは不透明な基地の実態を監視するのに欠かせない拠点で、市民団体は「県民に目隠しするものだ」と反発している。
 丘の周辺は、米軍への提供区域に当たる。同局は三十一日、柵を設置した意図について「ごみの不法投棄を防止する。これまでの経緯を勘案し、一般の方々の出入りが可能なように門扉を設置した」と、これまでの説明を繰り返した。
 さらに、「さまざまな意見があることは米軍も十分承知しており、平常時に閉める考えはない」と強調。ところが、将来の見通しについては「その時々の個別具体的な状況において保安上の必要性を踏まえ、米軍が判断する」と明言した。
(引用終わり)

 在日米軍再編でも、米軍の世界戦略の中に占める嘉手納基地の位置づけは高まりこそすれ、低下することはない。北朝鮮のミサイル発射実験を受けて、PAC3配備も浮上。そういうタイミングの中での出来事だ。
 現地に行くと分かるが、今は「安保の見える丘」と道を隔てて、4階建ての「道の駅嘉手納」が建っている。屋上は一般に開放されていて、実は嘉手納基地の中を見るだけなら、こっちの方がよく見える。現に、望遠レンズ付きカメラを構える航空(軍事)マニアの姿も少なくない(ちなみにこの建物の3階だったか2階だったかは嘉手納町の資料館になっていて、戦前の嘉手納、あるいは沖縄の様子をうかがい知ることができる。機会があれば見学をお奨めする)。だから、基地の定点観測だけなら、「安保の見える丘」が閉鎖されても、さほど大きな影響はないかもしれない。
 閉鎖がなぜ問題かと言えば、この場所が、基地の撤去を求める意思表示の場としての象徴的な意味を持つからだ。
 米国と米軍は、絶対に嘉手納基地を手放さないだろうし、在日米軍再編とはすなわち日米の軍事一体化路線でもある。次期総理総裁に決まったも同然の安倍晋三氏は、自ら長州閥に連なることを公言するも同然で、恐らく明治維新後の琉球処分など、沖縄の近現代史をまともに勉強したこともないだろう。基地撤去を願う沖縄の世論をよそに、つまりは米国の言いなりになると、わたしは予測する(ちなみに安倍氏の近著に「美しい国へ」があるが、韓国では米国を「美国」と表記する)。そういう状況の中での「柵の設置」であり「閉鎖の可能性」だ。直接基地に向かってのシュプレヒコールはやらせない、とのある種の表現規制ではないだろうか。
 それにしても「不法投棄の防止が目的」との防衛施設局の説明はひどい。この問題は、県外にも広く知られるべきだと思う。
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by news-worker | 2006-09-03 20:19 | 平和・憲法~沖縄  

最低賃金

 この週末のニュースの一つに、地域別最低賃金の改定があった(共同通信)。
(引用開始)
最低賃金2-6円引き上げ 青森など4県は610円 [ 09月01日 16時29分 ] 共同通信
 2006年度の地域別最低賃金(時間額)は全都道府県で2-6円の引き上げとなったことが厚生労働省のまとめで1日、分かった。全都道府県での引き上げは2年連続。一部を除き10月1日から実施される。
 引き上げ幅は愛知が6円。栃木、東京、長野、静岡、広島など11都県が5円だった。青森、秋田、島根、高知、沖縄など9県は2円の引き上げにとどまった。
 最低賃金が最も高いのは東京の719円で、次いで神奈川の717円。最も低いのは青森、岩手、秋田、沖縄の610円。全国の加重平均額は前年度より5円アップの673円だった。
 都道府県は金額の高い順番にAからDまで4ランクに分けられている。厚労相の諮問機関、中央最低賃金審議会は7月、景気の回復状況に地域差があるとして、A、Bは4円、Cは3円、Dは2円の引き上げを目安として答申を出した。
(引用終わり)

 「全都道府県で2-6円の引き上げ」だが、それでも最高の東京都でも時給719円でしかない。1日7時間働いたとして5033円。月に23日間働いたとして11万5759円。フルタイムの正社員労働者並みの労働でも、この金額を上回っていれば合法ということになる。これがセーフティ・ネットとされている最低賃金の実情だ。
 実際には、こんなこと(東京新聞)が起きている。
(引用開始)
トヨタ関連23社違法雇用 法定賃金守らず
 トヨタ自動車(愛知県豊田市)の下請け企業二十三社が法定の最低賃金や時間外割増賃金を守らずに約二百人のベトナム人を雇用していたとして、豊田労働基準監督署から労働基準法などに基づいて是正勧告を含む強い指導を受けていたことが二日、分かった。ベトナム人はいずれも「技能実習生」として受け入れており、未払い賃金の総額は五千万円余りとみられる。
(中略)
 全国の労働局は労基法に基づいて地域や業種ごとに最低賃金を決めており、外国人の技能実習生にも適用される。愛知県の地域別最低賃金は一時間六百八十八円、産業別賃金は業種により金額が異なるが、地域別最低賃金より高め。時間外労働の賃金は二割五分増し。
 しかし、これらの企業は業種や就労実態を問わず一カ月十二万二千円の統一賃金を取り決めていた。時間外労働もほぼ常態化していたが、賃金の割り増しもしていなかった。ある企業の場合、産業別最低賃金は八百七円だが、統一賃金と労働実態から割り出した時間当たりの賃金は七百二円。時間外労働についても、少なくとも一時間千九円に対し、半分以下の四百五十円しか支払っていなかった。
(引用終わり)

 東京新聞の記事にも出てくるが、最低賃金にはもうひとつ産業別最低賃金もある。
 法律的、制度的な問題は別としても、産業別最低賃金の引き上げのためには、産業別労働組合に重要な役割と責任がある。経営者は黙っていても賃金を上げてくれない。労働者が要求し、交渉しなければ賃上げは実現できないし、賃金の底上げもできない。
 だから「この産業で働くなら、最低、これだけの賃金は保証されてしかるべきだ」という最低賃金の底上げを図るには、まず、その産業で働く労働者をすべて結集させることができる労働組合でなければならない。すべての労働者に横断する要求を取りまとめ、労働者が身を置く個々の企業にその最低賃金を守らせる交渉をしてこそ、産業別最低賃金も実効性を持つ。
 かつて、正社員雇用が当たり前だったころには、春闘で企業別の単組が連合した産別組合が企業側と集団交渉で賃上げ額を決める、という図式が多くの産業でみられた。しかし今日、非正規雇用が被雇用者全体の3分の1を占めるようになり、しかもその大半は労働組合に加入していない、既存の労働組合が受け入れない、という状況になっている。それでは産別組合は産別組合としての機能と責任を果せない。
 産業別最低賃金の底上げは、働く者の生活の向上はもちろんだが、その産業の発展にもつながるはずだ。労働組合は、まずは非正規雇用の人たちをはじめとして、労働組合への加入を進め、組織率を上げなければならない。そして、産業全体の賃金の底上げを図っていかなければならない。あらゆる産業の労働組合がその努力をすれば、社会全体としての最低賃金の底上げにつながる。それが、結局は既存の組合員の権利と労働条件を守るいちばん確実な方法でもあると思う。
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by news-worker | 2006-09-03 13:13 | 格差社会