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61年目の長崎

 きのう(9日)は長崎の原爆投下から61年目の日。長崎新聞労組の案内で、原爆の災禍を今日もなお伝え続けている遺構を訪ね歩く「平和散歩」に参加した。
 ガイド役の長崎新聞労組の組合員はみな若い。例えば、原爆や災害被害状況のことに詳しいベテランやOB、場合によっては外部からの派遣などの選択肢もあるはずだが、長崎新聞労組では伝統的に若い組合員が務めている。「わたし自身がそうでしたが、全国から集まった仲間の前で説明するとなると、言われなくても必死に原爆のことを勉強します」と知り合いの組合員。
c0070855_329327.jpg 午前9時にJR浦上駅の南にある長崎新聞社を出発。爆風で鳥居の柱が1本吹き飛び、片柱だけになった山王神社の二の鳥居(写真)などを回り、平和祈念式典会場に着いたのは午前10時半ごろ。これも例年通りだが、祈念式典の会場は満席で入れない。少し歩いた爆心地公園で原爆投下時刻の11時2分、黙祷した。

 平和祈念式の会場でプログラムだけもらった。伊藤一長市長は長崎平和宣言で「被爆から61年目を迎えた今、ここ長崎では怒りといらだいいらだちの声が渦巻いています」と「怒り」を強調している。核廃絶も軍縮も進まない。どころか核は拡散しつつあるし、戦火も止まない。
 これまで「祈り」という言葉で象徴されていた長崎だが、被爆者たちは発言を始めている。

 9日夜、広島~長崎の6日間の日程を終えて帰京した。労組専従の身として最後の出張だった。
 
 
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by news-worker | 2006-08-10 03:38 | 平和・憲法  

長崎に移動

 きのう(7日)、広島から長崎へ移動した。きょう8日は、長崎新聞労組や地元民放労組などでつくる長崎マスコミ・文化共闘会議のフォーラムに参加。在日米軍再編と有事法制・国民保護計画をテーマにした広島市立大広島平和研究所長の浅井基文さんの基調講演には思うところが多かった。米側資料をもとに、中国や北朝鮮の脅威論に根拠がないこと、米国が日本とともに先制攻撃をかけなければ、中国や北朝鮮が日本を攻撃する理由がないこと、従って、日本にとっては、米国の先制攻撃を止めることが日本自身を守ることになること、国民保護法制は事実上、国民動員法制にほかならないこと等々を浅井さんは分かりやすく説明した。広島フォーラムと共通する視座、視点として、やはり今の日本は戦争の「加害者」になりつつあると強く感じた。詳細は後日、広島フォーラムと合わせて報告したい。
 明日(9日)は長崎への原爆投下からちょうど61年。長崎新聞労組の案内で、浦上一帯に残る原爆禍の遺構をめぐる平和散歩に参加する。
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by news-worker | 2006-08-09 02:08 | 平和・憲法  

被爆61年目の広島

 4日から広島に来ている。原爆投下からことしは61年目。8月6日は3年連続で広島で過ごしていることになる。きのう(5日)は、ドキュメンタリー映画「Marines Go Home」の藤本幸久監督らをゲストに招いて、日米軍事一体化と平和憲法をテーマに、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)のフォーラムを開催した。戦争には加害と被害があるとすれば、日本はもはや〝加害者〟になりつつあるのではないか-。そんなことを感じる刺激的な議論が展開され、充実した内容となった。詳細は後日、あらためて報告したい。フォーラムの途中からは、韓国の新聞、放送、出版労働者らの単一組合である全国言論労組(NUM)の代表も合流し、日韓のマスコミ労組交流も続いている。
 きょう(6日)はMICフォーラムの参加者、NUM代表団とともに、朝8時から平和記念公園で開かれた平和記念式典に参列した。中国新聞の号外によると、広島市は参列者4万5千人と発表している。
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 平和宣言で秋葉忠利市長は核廃絶が進まない状況を指摘しつつ「迷える羊たちを核兵器の呪縛から解き放ち、世界に核兵器からの自由をもたらす責任は今や、私たち世界の市民と都市にあります。岩をも通す固い意志と燃えるような情熱を持って私たちが目覚め起つ時が来たのです」と述べ、日本政府には「核保有国に対して『核兵器廃絶に向けた誠実な交渉義務を果せ』と迫る、世界的運動を展開するよう要請します」と注文をつけた。

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by news-worker | 2006-08-06 15:51 | 平和・憲法