「ほっ」と。キャンペーン

タグ:新聞 ( 27 ) タグの人気記事

 

安倍内閣が71-63%の支持率

 発足間もない安倍晋三内閣の新聞各紙の支持率調査が出そろった。支持率が高い順に日経71%、読売70・3%、毎日67%、共同通信65%、朝日63%。歴代2位の日経を除けば、いずれも政権発足時としては小泉内閣、細川内閣に次いで歴代3位の高支持率となった。
 朝日は安倍首相が最優先課題にあげている臨時国会での教育基本法「改正」案の賛否も同時に尋ねている。それによると「今の国会にこだわらず、議論を続けるべきだ」が66%、「今の国会で成立を目指すべきだ」は21%、「改正する必要はない」は6%だった。安倍首相はこの民意に謙虚に耳を傾ける度量を備えているだろうか。
 新内閣の顔ぶれは、当人たちがいくら否定しようが「論功行賞内閣」「学園祭内閣」などとメディアに酷評されている。安倍総理総裁実現に尽力して功を認められた人間と、同じ発想、思想で以前から仲の良かった人間ばかりを登用したという意味だ。5人の首相補佐官も含めれば、まさにその通りだと思う。安倍氏の思想と相反する人間は排除されていくのだろう。それは己の信念を貫き通す意思の強さと見えるかもしれないが、多様な意見に耳を貸す謙虚さ、聡明さとは無縁ということかもしれない。耳当たりのいいことしか言わない人間だけで周辺を固めようとするのは、つまり「世間知らずのお坊ちゃま」ということではないのだろうか。
 昨年9月11日の衆院選挙の結果の感想として、このブログでも書いたが、かつての自民党は派閥の連合体だった。派閥間の緊張関係と合従連合が、結果として「1億総中流」と呼ばれた安定を社会にもたらした。安倍首相が敬愛して止まないという祖父岸信介元首相が退陣した1960年以降のことだ。その自民党はすっかり変わってしまったのだな、ということを今回の安倍政権誕生でも感じる。異論を受け入れない総理総裁の姿勢と、ある種の猟官運動の趣をもって党内が安倍政権へとなだれを打った様相には、やはり不安を覚える。以前の派閥政治に戻るべきだとは思わないが、以前の方がマシだったのではないか。少なくとも教育基本法や憲法9条は存続し、自衛隊はあってもまがりなりにも日本と日本人は直接、戦争に加担せずにいた。
 支持率に話を戻すと、高支持率のスタートではあるが、世論は案外と安倍政権が今後、何をやるのかを冷静に見定めようとしているのではないか、という気もしている。
[PR]

by news-worker | 2006-09-28 22:02 | 社会経済  

不明の中国新聞松田記者が一刻も早く見つかることを願う

 一つ前のエントリーで書いた朝日新聞記者の酒気帯び運転もそうだが、この1週間の間に「新聞記者」という仕事について考えざるをえない出来事がもう一つあった。台風13号による大雨の中を16日夜、マイカーで被災現場の取材に向かったまま行方不明になった広島の中国新聞記者、松田高志さん(27)のことだ。
 ニュースとは何か、と言えば、答えの一つに挙げることができるのは「非日常」だ。災害はその典型の一つであり、戦争が「最大のニュース」と言われるのも同じことだ。だから職業としての新聞記者は、本来的に危険に近づくことを避けられない。
 危険が予想される取材では、事前に考えうる限りの対策を取ることが鉄則になっている。豪雨の中を夜間、マイカーで取材に向かったことは適切だったのか。検証は必要だが、今は一刻も早く、松田さんが見つかることを願っている。
[PR]

by news-worker | 2006-09-23 21:41 | メディア  

酒気帯び運転の朝日記者の懲戒解雇は仕方がないと思うが…

 朝日新聞の甲府総局の男性記者(27)が19日、酒気帯び運転で検挙されていたことが20日、山梨県警の発表で明らかになった。その夜のうちに、朝日新聞が自社サイトで記者を実名で報じたことをきっかけに、新聞各社や放送各局も記者を実名で報じた。朝日新聞は21日付けの朝刊紙面では、東京本社編集局長名の「読者の皆さまに深くおわびいたします」とのおわび記事を3段の囲みという異例の大きさで掲載した。別に、他メディア向けに公表した編集局長コメントには「情けないとしか言いようがありません」との文言があった。この記者は21日に懲戒解雇となった。
 福岡市で一家5人のRV車が飲酒運転の福岡市職員の車に追突されて海中に転落し、子ども3人が死亡した事故以来、飲酒運転に対する世論は厳しさを増している。各メディアもこぞって、飲酒運転の撲滅を訴えるキャンペーンを続けている。当の朝日新聞も社会面に「NO 飲酒運転」のタイトルカットをつけて連日、関連記事を載せ続けている。そういうさなかでの、記者の酒気帯び運転だった。この記者自身、警察担当として飲酒運転をめぐる記事も書いていた。
 「懲戒解雇は過酷にすぎる処分ではないのか」。率直に言ってそう思う。3カ月でも半年でも出勤停止処分にし、復帰後もしばらくは取材現場に出さず断酒させ〝更正〟を待つ、という方法もあるのではないかと思う。

続きを読む
[PR]

by news-worker | 2006-09-23 15:14 | メディア  

自殺した少年容疑者の報道は実名でいいと思っていたが…

 山口県の徳山工業専門学校の女子学生殺人事件で、指名手配されていた19歳の同級生の男子学生が7日、自殺しているのが見つかった。この男子学生の氏名を実名で報じるか、匿名とするかで、7日夜から8日にかけて、メディアの扱いが分かれた。
 まず、放送では7日夕方ニュースから日本テレビとテレビ朝日が実名と顔写真を付けて報道。新聞全国紙では読売新聞が8日付け朝刊でやはり実名、顔写真を掲載した。他は地元紙の中国新聞(本社広島市)を含めて、みな匿名を維持した。
 実名3社の見解は、読売新聞が掲載した「おことわり」に尽きると思う。
(引用開始)
◆おことわり◆ 読売新聞社はこれまで、容疑者が未成年のため、匿名で報道してきましたが、容疑者が死亡し、少年の更生を図る見地で氏名などの記事掲載を禁じている少年法の規定の対象外となったと判断したことに加え、事件の凶悪さや19歳という年齢などを考慮し、実名で報道します。
(引用終わり)

 わたし自身は、今回のケースは「実名」かなと考えていた。しかし、8日付けの各紙を読み比べているうちに、ちょっと分からなくなってきた。
 依然、「実名」でも問題ないと思う要因としては、例えば被害者遺族は公開捜査を望んでいた、ということが報じられている。しかし、一方では、死によって男子学生は事件に対する釈明をする場を永久に失ってしまった。被疑者、被告には「無罪推定の原則」が適用されていることに鑑みれば、裁判を受けることができず、弁明の機会がないままに、実名であたかも真犯人として確定したかのような印象を残したまま、事件報道が終結していくことがいいことかどうか、という意見もある。
 少年法が明確に想定している事態ではないし、法解釈上も割れているようだ。被害者の実名、匿名問題とは違って、世論もはっきりとどちらかを支持するというふうにはいかないのではないか。
 今現在、実名と匿名、どちらが妥当か迷いがある。どちらかと言えば実名、という気がしている。ただし、実際の報道にあたっては、拙速だけは避けなければならないと思う。匿名から実名に切り替えるのはいつでも可能だが、一度実名を出してしまえば、後戻りはできない。十分に部内で議論を重ね、遺族ら当事者を含めて必要な取材を尽くした上で、読者・市民に納得してもらえるだけの見解を用意して、それから実名に切り替えても何ら問題はない。

 この事件では週刊新潮が遺体発見よりも前に実名、顔写真を掲載した。週刊新潮は以前から信念をもって同様の報道を繰り返しており、それはそれで雑誌メディアとしての見識と言えば言えると思う。個人的にはまったく支持できない。
[PR]

by news-worker | 2006-09-09 11:57 | メディア  

「糞バエ」

 以前のエントリー「辺見庸氏の罵倒に答えてみたい」に、北海道新聞の高田昌幸さんからトラックバックをいただいた。これを機に、もう少しだけ書いてみる。
 前のエントリーでは、新聞産業の合理化のこととか、いろいろ言い訳めいたことを書いた。それに対してコメント欄に厳しい言葉もいただいた。それらのひとつひとつに、返す言葉はない。しかし、まるっきりの言い訳だとは思っていない。少なくとも現実がそうであること(生き残り、営利追求、効率優先の経営方針のために職場が息苦しくなっていること)は間違いがない。新聞社や放送局も企業であり、一般の産業界と内情は何も変わらない。人件費抑制のために非正規雇用が増えているし、人員増がないまま業務が拡大する一方の正社員は、長時間労働と健康不安が激化している。長期休業者も在職死亡者も多発している。
 その中で自問自答してみる。確かに自分は糞バエの一匹だ。それでも、糞バエなりの意地は残っているはずだと。その意地をどこで見せるのか、と。そうやって、自らを鼓舞している。
[PR]

by news-worker | 2006-08-31 00:41 | メディア  

オーマイニュース日本版のこと

 オーマイニュース日本版が28日から本番始動する。6月から続いてきた「開店準備中ブログ」をめぐってネット上で様々語られているが、本当の評価は実際に本番運用がどのようなものになるのか次第だろう。
 本番稼働からおおむね1週間というタイミングで9月2日(土)の午後、オーマイニュースにブロガー有志らが加わって共催するシンポジウム「ブロガー×オーマイニュース『市民メディアの可能性』」が開かれる。詳しくは、藤代裕之さんのブログ「ガ島通信」のエントリーで。今のところ、鳥越俊太郎オーマイニュース編集長も参加の予定という。

 さて、オーマイニュースの準備ブログで起こった〝炎上〟についての分析は、上記藤代さんのエントリー「オーマイニュースジャパンの『炎上』と『現状』」が、わたしはもっとも納得性が高いと感じた。鳥越編集長と編集部員に対して相当に厳しい指摘が書き連ねられているが、とりわけ以下の部分の指摘は分かりやすい。
ネット音痴ぶりは、炎上のトリガーとその対応でも明らかで、たぶんほとんどの編集部員がブログやSNSをやったこともないのでしょう。少しばかり本を読んだり、人から話を聞いたところで、既存メディア的な発想はなかなか変わりません。そしてなによりも、オーマイジャパンの市民記者による記事の紹介の仕方を見ていると、多くの市民が既に自分のメディアを持っているというパラダイムのシフトに全く気づいていないという可能性が高い。鳥越氏がブログをあれだけ見下した発言をしていながら、あのような低レベルな市民記者の記事を並べているのは、別にオーマイジャパンに書かなくても、ブログで書けばいいという状況を理解していないからなのでしょう。


続きを読む
[PR]

by news-worker | 2006-08-26 13:48 | メディア  

辺見庸氏の罵倒に答えてみたい

 最近、トラックバックを交換させていただくようになったsumiyakistさんから、気の重いご指名をいただいた。まずはsumiyakistさんのエントリー「辺見庸氏の罵倒」をお読みいただきたいが、要するに、共同通信を中途退社した作家の辺見庸さんが、最新刊の中で大手マスコミの記者たちを「正真正銘の、立派な背広を着た糞バエたち」と呼んでいることに対し、「糞バエ」と呼ばれた側の右代表として、同じ共同通信に在籍しているわたしに「弁解のひとつも」述べてみよ、というご趣旨だと理解している。
 まず、わたしは共同通信に在籍する記者の一人ではあるが、共同通信記者として発言することがこのブログの本旨ではない。新聞産業の労働運動の専従役員経験者としてしか、ここでは書かない、書けないことをご理解いただきたい。
 労働運動の立場からは、これまでもいろいろな場、市民集会や座談会などで「新聞の今」「記者の今」について発言してきた。このブログでもいろいろ書き連ねてきた(主として「メディア」のカテゴリー)。それらの中では、辺見さんが指摘している状況、つまり記者たちが記者会見など公の場で権力者に切り込むことをしないことに表れている「大手メディアのジャーナリズムの衰退」自体にはわたしも同意してきた。そして、なぜそうなってしまうのか、についてわたしなりに思うところを発言してきた。しかし「御用組合トップの勝手な言い訳、弁解」としてしか受け取られなかったことも少なくなかった。集会参加者の方が感想を書かれたブログ、あるいは座談会記事、わたしのインタビュー記事の感想が書かれたブログを読んで、切ない気持ちになったことが何度もある。

続きを読む
[PR]

by news-worker | 2006-08-21 17:06 | メディア  

軍隊は住民を守らない~沖縄戦の教訓

 23日は沖縄の慰霊の日だった。1945年のこの日、沖縄の日本軍守備隊、第32軍の牛島満司令官、長勇参謀長が自決し(22日という説もある)、日本軍の組織的抵抗が終わったとされる。しかし、実際には沖縄各地で生き残りの日本兵の散発的な抵抗は続いたという。米軍が沖縄作戦の終了を宣言したのは7月2日だった。
 戦後60年の昨年、新聞労連は「しんけん平和新聞」創刊号を発行し、1945年の日本の敗戦を振り返った。その中で、新聞労連沖縄地連に、2ページにわたって沖縄戦の特集紙面を制作してもらった。その紙面からいくつか、データを拾ってみる。
 沖縄戦では、約90日間の戦闘で住民9万人以上が死亡した。日本兵の戦死者は約10万2千人、米軍の戦死者は5500人。住民の犠牲には多くの「集団死」が含まれている。日本軍は、住民が捕虜となり米軍に軍事情報が漏れることを恐れ、投降を厳しく禁じていた。一方で住民は「鬼畜米英」、つまり米軍に捕まると男は殺され女は陵辱されると信じ込まされていた。したがって、避難住民は米軍が迫ってそれ以上の避難が困難になると、集団で自ら命を絶つしかなかった。「スパイ」と疑われた住民が、日本軍に殺害された例もあった。
 「しんけん平和新聞」では、それまで「集団自決」と呼ぶことが多かったのを「集団死」にあらためている。「集団自決」では、住民が主体的に死を選択したように受け取られかねない。実際は、強制されたに等しい死だった。
 あらゆる意味で、沖縄戦の教訓は〝軍隊は決して住民を守らない〟ということに尽きる。そもそも、日本軍にとっての沖縄戦の位置づけは、本土決戦までの時間稼ぎだった。一日でも長く抵抗し、一人でも多くの米兵を殺すことが目的だった。沖縄の防衛と住民の保護が目的だったわけではない。
 戦争体験の風化が指摘されている。沖縄でもそうだという。戦争体験、なかでも「軍隊は住民を守らない」というその本質を継承していくのは、新聞をはじめとしたメディアの責務でもある。

 日本の敗戦後、沖縄は日本から切り離されて米軍の軍政下に置かれる。沖縄が本格的に「基地の島」となるのはそれからだ。住民が基地の被害を受ける側面だけでなく、ベトナム戦争では米軍の出撃拠点となり、加害者の側面も加わった。1972年に日本に〝復帰〟した後も、イラク戦争で沖縄の海兵隊が現地に出撃した。先の在日米軍基地再編計画の推移をみても、「世界の中の日米同盟」の下で、沖縄は負担軽減どころか、その基地機能はむしろ強化され、恒久化されようとしている。
 沖縄は61年前に一度、日本の防衛のために捨て石にされた。そのために戦後は米軍基地の重圧にあえぎ続けている。そして今また、2度目の捨て石にされようとしているのではないか。その状態では、慰霊の日にいくら鎮魂の言葉を口にしても、犠牲者は浮かばれない、と思う。
[PR]

by news-worker | 2006-06-25 00:43 | 平和・憲法~沖縄  

産経グループ「iza」に62人の記者ブログ

 産経新聞グループが15日から新しいwebサービス「iza(イザ!)」を開始した。どんなものかは、impressのInternet Watchの記事が詳しい。
(引用開始)
 産経デジタルは15日、産経新聞グループが提供するニュースと読者のブログを融合させる情報サイト「iza(イザ!)」ベータ版を開始した。ブログを開設している読者であれば、すべてのニュースに対して自由にトラックバックできる。
 イザ!では、産経新聞グループが発行する4媒体(産経新聞、サンケイスポーツ、フジサンケイビジネスアイ、夕刊フジ)の紙面から、政治、ビジネス、文化、スポーツ、芸能などのニュースを1日あたり200~300本掲載する。
 ブログを開設している読者は、ニュース記事にトラックバックできる。無料の会員登録により、イザ!内にブログを開設することも可能だ。ブログの内容は事前に検閲しないが、公序良俗に反したり個人を誹謗中傷するエントリが発見された場合は、トラックバックを削除する。イザ内のブログエントリであれば、エントリも削除する。
 産経デジタルでは今後、掲載するニュース数を増やすほか、注目度の高いブログを産経新聞の紙面で取り上げる紙面連動企画などを検討している。なお、同社によれば、「ニュースへのトラックバックを大々的に受け付けるのは、全国紙では初めて」という。
 また、現役記者62人がブログを開設し、取材の舞台裏などを紹介する。記者のブログにもトラックバックできるほか、イザ!に会員登録した読者はコメントを書き込むことも可能だ。
(引用終わり)

  「ニュースへのトラックバックを大々的に受け付けるのは、全国紙では初めて」とのことだが、わたしは「記者62人のブログ」の方に少し驚いている。既存の新聞社の試みとしては、画期的と言っていいのではないだろうか。
 これまでも、参加型ジャーナリズムの可能性に関連して、既存の新聞社も自社サイトで論説委員や編集委員など、言わばその紙面の〝顔〟の役割を担う記者がブログを運営してみてもいい、と語られてきた。実際に現役の記者が自社サイトの枠内でブログを運営しているケースもある(毎日新聞の「理系白書」など)が、産経の試みは、それを一気に第一線の若手記者にまで広げた。
 62人の顔ぶれは多彩だ。黒田勝弘さんや古森義久さんらの大物は当然として、一般にはどんな仕事かあまり知られていない整理部の記者、活字とはちょっと距離があるように思えるカメラマン、地方支局の記者もいる。全体として見れば、新聞社の報道・編集現場で記者たちが日々何を思い、何を考え働いているか、読む側にけっこう伝わるのではないだろうか。
 一般に新聞記者は自分の考えは表に出すべきではない、とされている。新聞は「公正中立、客観報道」を掲げているからだ。産経の試みは、独自の論調を前面に出し「はっきりモノを言う」ことを売りにしている産経だから可能なことかもしれない。産経の社論の当否はともかくとして、既存メディアと読者の対話という観点からは、画期的であることは間違いない。
 やはりというか、ブログのエントリーの頻度は、若い記者たちほど高い。業界では〝御大〟と呼んでいい黒田氏は、今のところ(17日朝現在)1件だけ。それも紙面に掲載されたコラムの転載だ。世代によるデジタル・デバイドの問題なのか、「記者は紙面で勝負」という価値観の問題なのか。
 62人の人選の基準も気になると言えば気になる。希望者を募ったのか、会社からの指名なのか。ブログの運営も業務の一環だろうから、勤務時間中のエントリー更新が問題になることはないだろうが、逆に更新が義務付けられ、負担になることはないだろうか。産経新聞には、その独自の論調からか、経営にモノを言う労働運動は社内にない(新聞労連に加盟する労働組合もない)ので、その辺の事情は分からない。ともあれ、新聞記者が実名で、読者に対し自分の仕事を語る場ができたことの意義は大きい。「イザ!」の今後を注目したい。

追記 6月22日午前
 本エントリーが「iza」内のブログで紹介された。「62人の人選の基準も気になると言えば気になる」と書いていたら、経済部の原口和久さんがご自分のブログ「はみ出し記者の『特ダネより子だね!』」のエントリーで、「お答えします。私の場合は上司からの指名です。基準などはないのではないでしょうか。他の記者については分かりません」と教えてくれた。原口さん、ありがとうございます。
 
[PR]

by news-worker | 2006-06-17 09:32 | メディア  

「取材源の秘匿」の意味を理解した妥当な司法判断

 以前のエントリー(「取材源の秘匿」が理解できない裁判官が現れたことの意味は、および(続)「取材源の秘匿」が理解できない裁判官が現れたことの意味は)で言及した裁判の抗告審で東京高裁は14日、報道機関の「取材源の秘匿」を幅広く認定する決定を出した。以下、毎日新聞記事の一部を引用する。
(引用開始)
<取材源秘匿>1審取り消し、証言拒絶認める 東京高裁 [ 06月14日 12時12分 ]
 米国の健康食品会社への課税処分に関する報道を巡り、読売新聞の記者が民事裁判の証人尋問で取材源の証言を拒絶したことについて、東京高裁は14日、拒絶を認めなかった東京地裁決定(藤下健裁判官)を取り消し、すべての尋問に対して拒絶を認める決定を出した。地裁決定は取材源の守秘義務違反を理由に拒絶を認めなかったが、高裁の赤塚信雄裁判長は「たとえ取材源に法令違反があっても、取材源秘匿はその人物の利益のためになされるわけではない。秘匿によって守られているのは、国民の知る権利を確保するという公共的な利益」と述べた。
 証言拒絶を認める4回目の決定。一連の決定で唯一証言拒絶を認めなかった地裁決定が取り消されたことで、取材源秘匿を正当と認める司法判断の流れが一層強まった。
 決定は「報道機関の報道は国民の知る権利に奉仕するもので、報道の自由は憲法の保障のもとにある」と指摘。さらに「取材活動は公権力の介入から自由でなければならず、報道機関と情報提供者との信頼関係が十分確保されなければならない。そのために取材源が秘匿される必要がある」と判断した。
(引用終わり)

 以前のエントリーでも書いたとおり、普通の感覚でこれまでの判例、判決例を考慮して考えれば、当然、こうした結論になる。極めて当然の判断だ。
 原審の東京地裁の藤下健裁判官は、「取材源の秘匿」を公務員に認めれば、公務員の守秘義務違反を助長することになる、との無茶な論理展開を示していたが、今回の東京高裁決定は、分かりやすい判断を示しているようだ。決定の要旨を見ていないので、正確なところは分からないが、毎日新聞の解説記事によると、決定は「取材源の秘匿が『守秘義務違反行為を犯した公務員のため』ではなく、『国民への自由な情報提供(知る権利)を確保するという公共的な利益に基づいている』と位置づけた」という。
 「国民への自由な情報提供」というメディア本来の役割を重視したまともな判断だ。
[PR]

by news-worker | 2006-06-15 01:07 | メディア