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9・11同時テロから5年

 きょう11日は、米中枢同時テロからちょうど5年。休刊日明けの新聞各紙夕刊も、テレビも大きく報道した。
 5年前のきょうは、労働組合の専従役員で休職中だった。前月に共同通信労働組合の執行委員長に選出され、立ち上がって間もない執行部の集中合宿で箱根にいた。夜、宿舎の部屋で執行委員何人かと車座になって、直面している交渉課題、執行部の運営等々を話し合っていた。気が付いたら、つけっ放しのテレビがニューヨークからの中継画像に切り替わっていた。世界貿易センタービルのツインタワーのうち、片方が煙を噴き上げていた。
 何が起きたのか分からないまま、組合の話どころではなくなった。やがて2機目が突入。そしてビルの崩壊。「ああっ」と小さな悲鳴のようなつぶやきのような、そんな声を出したと思う。国際情勢に明るい方ではなかったわたしは、目の前のテレビに映っている出来事が何を意味するのか、まったく分からなかった。米国勤務から帰って間もない執行委員がいた。考えうる仮説をいくつか解説してくれた。みな、目はテレビに釘付けになりながら、彼の話を聞いた。
 あれから5年も経ったのか、と思う。1年間の単組委員長の任期を終えて職場に戻り、イラク戦争とその後の自衛隊イラク派遣報道に、取材チームの一員としてかかわった。その後、新聞労連委員長の2年間は、取材者から運動者に身を置き換えて、平和について考え続けた。
 5年経ったけれども、ブッシュ米大統領は「テロとの戦い」を叫び続けている。憎悪が暴力を招き、さらに新しい憎悪を生み出す悪循環に、この大統領は気が付かないのか。その愚行を支持して何らはばかることのない小泉純一郎首相も、無事に任期を全うしようとしている。事実上、次期総理総裁に決まった安部晋三官房長官に至っては、復古主義を隠そうともしていない。「テロとの戦い」に「大東亜戦争史観」が加わったら、いったいどんなことになるのだろうか。
 わたしは暴力を受けたくない。憎悪の対象になりたくない。ならば、わたしたち自身が決して暴力を行使しないこと、新しい憎悪を生み出すようなことはしないことだ。簡単な話なのに、と思う。
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by news-worker | 2006-09-11 23:54 | 平和・憲法