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こんな裁判官もいる~志賀原発2号機の運転差し止め

 原告団長が「正直、判決主文を聞いたときは頭が真っ白になった」とコメントするぐらいだから、いかに画期的な判決かがよく分かる。北陸電力志賀原発2号機の運転を差し止めた金沢地裁の24日の判決には、わたしも驚いた。
 (北国新聞記事
 住民らが原発の危険性を指摘して設置許可の取り消しや無効確認を求めたり、運転差し止めを求めるいわゆる「原発訴訟」では、原告側勝訴の裁判例は、ナトリウム漏れ事故を起こした高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる名古屋地裁金沢支部判決(2003年)があっただけ。今回は、運転を開始したばかりで特にトラブルも起こしていない、れっきとした商業原発だ。
 かつて司法取材を担当した経験から、そして今では労働争議に関与するようになって思うのだが、日本の司法には現状追認に流れる裁判官がいかに多いことか。一番の例は軍事基地の騒音訴訟だ。
 沖縄県の米軍嘉手納基地、東京の米軍横田基地、神奈川県の米軍厚木基地などのほか、自衛隊基地をめぐっても、近隣住民の騒音被害は認定しながらも、軍用機の飛行差し止めは認めない判例が出来上がっている。賠償を命じるくらいに被害があることは分かっているのに、その被害を元から断つことはしない。その理屈の「統治行為論」は要するに、軍事基地の存在は高度に行政・政治の判断だから司法判断にはなじまない、ということだ。
 法曹の判断としては色々、理屈はあるのだろう。しかし、現に被害を受け続けている住民らからみれば、司法が行政に屈している、あるいは司法が責任を放棄して逃げを打った、としか受け止められない。「三権分立はどこに行った?」ということだ。
 以前から司法にはそうした思いを持っていたから、今日の金沢地裁の井戸謙一裁判長の判決には驚いた。高裁、最高裁と進んで確定するかどうかの問題はあるにせよ、今回の判決の判断基準は他の地域の原発にも準用される可能性はある。そうなると、原子力発電推進一辺倒の日本のエネルギー政策の根幹を揺るがしかねない。ヒラメ裁判官ならたじろいでも不思議はない。しかし、判決は憲法上の「人格権」と正面から向き合い、「周辺住民に具体的危険があると推認すべきだ」と言い切った。理屈をこねれば、これまでの原発訴訟の判決例と同じように、現状追認の判断を示すこともできたろうに。このような裁判官がいることに、ちょっと嬉しくなった。

 ちなみに井戸裁判長は昨年5月、住民基本台帳ネットワークに違憲判断を示す全国唯一の判決も言い渡している(参考記事・北国新聞)。

by news-worker | 2006-03-24 21:44 | 社会経済  

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